第122話 再会

 アルヴァン達は支配下にある兵士を五十人ほど引き連れてグロバストン王国の国境付近までやってきた。

 この先にあるサレッタ川に架かった橋を渡ればグロバストン王国だ。


 だが、アルヴァンの前にはグロバストン王国の紋章である金色の獅子が描かれた旗を掲げた二百人ほどの兵士達が立ちふさがっていた。


「少ないですね」


 兵士達を見てアルヴァンが言った。


「少ないな」


 隣にいるエイドレスがうなずいた。


「少ないですわね」


「少ないわねえ」


 後ろにいるヒルデとクルツも同意見だった。


「ボクらのことなんて誰も知らないからね。ちょっと反旗を翻したところで、グロバストン王国もまともに相手をしようとは思わないさ」


 アルヴァン達の反応を見ていたグレースが笑った。


「それはそうですけど……」


 アルヴァンは少し残念そうだった。


「ほっほ、本気になっていない相手に全力でぶつかっていく必要もあるまい。ここはくじ引きで誰が参加するのかを決めるとしよう」


 ジェイウォンの提案に全員がうなずいた。


「それじゃあ、アタシのカードを一枚ずつ引いてちょうだい。白いやつは外れ。赤いやつは当たり。当たりは二枚あるわ」


 クルツが取り出したカードをそれぞれが引いていった。


 当たりを引いたのはアルヴァンとヒルデだった。


「アルヴァン様と一緒ですわ!」


 ヒルデははしゃいでいた。


「すぐに終わっちゃいそうだけど」


 悠々と構えている王国の兵士達を見ながらアルヴァンが言った。


「楽しみにしていたのだが……」


 エイドレスは立ちふさがる敵に物欲しそうな目を向けていた。


「アタシも新しいお人形が欲しかったんだけどねえ……」


 自身の手に残った白いカードに目を落としたクルツはため息を漏らした。


「あんなものは前菜ですらない。すぐにお前さん達も満足できるようになるさ」


 ジェイウォンは鷹揚に笑っていた。


「アルヴァン君、何人か見逃しておくのを忘れないでくれよ。誰もいなくなってしまうとボクらの情報がきちんと伝わらなくなるからね」


 グレースの警告にアルヴァンはうなずいた。



 アルヴァンとヒルデは並んで歩いていった。


「ふたりきりになるのは久しぶりですわね」


 ヒルデはニコニコと笑っていた。


「そういえばヒルデと一緒にやるのは初めてかな」


「わたくしたちがふたりがかりで挑むことなんてありませんでしたわね……はっ! では、これはもしや初めての共同作業なのでは!」


「後ろに兵隊さんが二十人くらいいるんだけどね」


 アルヴァンが後ろを振り返った。ふたりの後ろには無言で歩いている兵士達がいた。


「見守ってくださる出席者の方達だと思えばいいのですわ!」


「あの人達にも参加してもらうんだけど……」


「……アルヴァン様」


「なにかな?」


「ふたりだけで片付けてしまいましょう!」


 ヒルデはアルヴァンの腕を取ると、こちらを待ち構えている王国の兵士達に向かって駆けだした。




「あの連中は何がしたいんだ?」


 タルボットはこんな風に振舞う敵を見たことがなかった。たかだか五十人ほどしかいないにも関わらず、敵は二手に分かれた。


 本隊と思われる三十人ほどの兵士達は一切動こうとはしなかった。

 二十人ほどの別働隊の方は真っ直ぐにこちらに向かってきた。


 タルボットの兵は二百。実に十倍の戦力差があった。


 もちろん伏兵がいないのは確認済みだ。

 このあたりは草木の少ない平地で見通しがいい。兵を隠せるような場所など存在しない。


 つまり、あの五十人ほどの集団が敵の全戦力なのだ。


「まさかこれほどとは……」


 タルボットは呆れるのを通り越して哀れみを感じていた。


「あんな馬鹿共を倒したところで手柄にはならん。適当に痛めつけて帰してやれ」


 呆れた顔をして指示を出すタルボットを見ている兵士達の中には笑い出す者までいた。普段であれば怒鳴りつけるところだが、タルボットも今回ばかりは真面目にやれとは言えなかった。


 赤い髪の少女が銀色の髪の青年を引っ張って走ってきた。


 こちらから攻撃する前に警告するべきなのだろうか。タルボットはそんなことを考えていた。


 ラウル・タルボットはすぐに自分の決断を後悔することになった。

 だが、タルボットは自分が間違っていたとは思えなかった。


 なにをしようとあの化け物共を止めることなど出来はしなかったのだ。



 先頭にいた兵士は横薙ぎに槍を振った。だが、兵士には相手を殺すつもりなどなかった。

 手加減した上で穂先が当たらないようにして赤い髪の少女を狙った。


「僕が止めなくてもいいよね」


 少女に手を引かれていた青年が言った。


「もちろんですわ」


 赤い髪の少女は力強くうなずいた。


 兵士が振るった槍は赤い髪の少女の桁外れに強力な魔力障壁に衝突した。

 槍は弾き返された。その勢いは凄まじく、槍を握っていた兵士の両腕は引きちぎられた。


「あ……れ……?」


 槍を弾かれた兵士は、なくなった腕の根元から脈に合わせて血が噴き出すのを不思議そうに見ていた。


 グロバストン王国の兵士達は呆然と立ち尽くしていた。


「ええと、始めてもいいですよね?」


 銀髪の青年は困ったような顔をしていた。その手には黒い剣が握られていた。


「さあ、共同作業の始まりですわ!」


 赤髪の少女の瞳は期待に輝いていた。



 タルボットは敵に背を向けた。


 指示を出している暇などなかった。何人の兵士がついてきているのかもわからないまま、全速力で馬を走らせた。


 生き延びてこのことを女王陛下に報告する。


 それが今のタルボットの使命だった。


 背後ではどす黒い魔力を纏った剣が兵士達を斬り倒していた。

 運良くそれから免れた者は赤く燃える炎の刃に斬り倒されていった。


「いつの間にそんなこと出来るようになったの?」


 銀髪の青年が炎を剣の形にして兵士達を切り刻んでいる少女に聞いていた。


「『女子三日会わざれば刮目して見よ』ですわ」


 赤髪の少女は得意気に答えていた。


「ヒルデとは毎日会ってるんだけど……」


「……アルヴァン様、男子たるもの細かいところを気にするものではありせんわ」


 タルボットの耳にそんな会話が聞こえてきた。


 アルヴァンにヒルデ。エリヤフから聞かされた名前だった。


「中佐に相応しくないのは私の方だったか」


 タルボットは自嘲した。


 後ろを走っていた兵士のひとりが突然燃え上がった。


「逃がしてはくれんようだな」


 タルボットは覚悟を決めていた。それでも諦めはしなかった。

 祖国を守るために軍人となったのだ。生き延びて危機を伝えなければならないのだ。


 兵士達が次々と焼け死んでいく中、タルボットは走り続けた。


 もう少しで橋までたどり着く。兵士達を励まそうとタルボットは後ろを振り返った。


 しかし、後ろにいたのは銀髪の青年と赤髪の少女だけだった。


「グレースさんからは何人か逃がすようにって言われたんだけど……」


 アルヴァンは言いよどんだ。


「ここまで来たらやめられませんわ」


 ヒルデが言った。


「そうだよね」


「では、共同作業の仕上げですわ」


 ヒルデの少女が指を鳴らした。


 タルボットが死を覚悟したとき、彼の体はなにかに突き飛ばされた。


「あら?」


 タルボットの耳にヒルデの不思議そうな声が聞こえた。


 自分がまだ生きていることにタルボットが困惑していると憎たらしい男の声がした。


「どうやら間に合ったらしいな」


 そこにいたのはレイモンド・エリヤフだった。


「エリヤフ、お前……助けてくれたのか……」


 タルボットが言った。


「勘違いするな。間に合っただけだ。助けられるかどうかは怪しいものだな。なにせ、相手は紅蓮の聖女だ」


 剣を抜いたエリヤフは油断なくヒルデを見ていた。


「あらあら、わたくしのことをご存じだなんて……あなたは一体何者ですの?」


 ヒルデには余裕があった。だが、彼女はエリヤフが自分のことを知っているのに驚いていた。


「君たちの凶行を食い止める者さ」


「たったひとりでわたくしたちを止められるとでも?」


 ヒルデはエリヤフの言葉をあざ笑った。


「おや? 私はひとりだと言った覚えはないぞ」


 エリヤフはなんとか笑ってみせることに成功した。


 ヒルデは弾かれたようにアルヴァンの方を見た。


 アルヴァンの前にはエリヤフが連れていたカイルとマヤがいた。


「久しぶりね。アルヴァン」


 マヤは真っ直ぐにアルヴァンを見た。

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