第120話 細いつながり
「ワイルドヘッジで反乱が起きていたことは僕達も一応把握していたんだ」
一同がテーブルに着くとカロルが切り出した。
「とはいえ、私達はフェイラム伯爵が倒れるとは思っていなかったんです」
ルシリアがカロルの言葉を引き継いだ。
「その点はこちらも同じだ。奴が負けることなど王国内では誰も想定していなかった」
バーニスが言った。
「フェイラム伯爵の死は私達にとっても寝耳に水でした。慌てて情報を集め始めましたが成果の方は芳しいものではありません」
パトリシアが言った。
「そちらにはかの『ニンジャマスター』が率いる偵察部隊があるはずでは?」
イシルダが聞いた。
グランはバーニスに目配せした。
「構わん。フレドの件も話してやれ」
バーニスはうなずいてみせた。
「ご指摘の通り、王の手の一員であるニンジャマスター、サルトビはグロバストン王国に優秀な諜報組織を作り上げました。しかし、高齢となったサルトビには王の手としての職務と諜報組織の長の両方をこなすのが困難になってきました。そこで、彼は弟子のフレドに間者の管理や偵察部隊の運用を任せることにしたのです。しかし、そのフレドは数ヶ月前に偵察任務の最中に消息を絶ってしまいました」
グランが説明した。
「死亡したのではなく消息を絶ったのですか?」
ルシリアが言った。
「フレド隊長が向かったのは黒の森付近でしたので調査は出来ませんでした」
パトリシアが言った。
「黒の森……あの辺りではフェイラム伯爵がよく狩りをしていたはず……そこでニンジャマスターの弟子が消息を絶ったとなると、彼がフェイラム伯爵と出くわしてしまった可能性は高いわね」
イシルダが指摘した。
「そうだ。フレドが最後に立ち寄った王国の砦から報告を受けたエステバルロ准将もそう判断した。だが、准将は我々の極秘交渉のことを知っていた。我々は交渉が進んでいる中でフェイラム伯爵と事を構えるのは避けるべきだと考えてフレドの調査は行わなかった」
経緯を説明するバーニスの表情は険しかった。
フレドとは面識があった。
少し軽薄な男だったが、有能で部下からも慕われていた。本来であれば徹底的に調査して、フェイラム伯爵が手を下したことがわかれば報復をしていたはずだ。しかし、あのときはそうもいかなかった。
「偵察部隊は誰ひとり戻らなかったのかな?」
カロルが聞いた。
「いいえ。フレドが最後に立ち寄った砦に偵察部隊の一員だったカイルという兵士が戻っております。砦からの報告によると彼は重傷を負った若い娘を連れていたそうです。砦の責任者だったエリヤフ中佐が話を聞いたようですが、彼の説明は要領を得ないものだったそうです」
グランが説明した。
「グラン護衛隊長、あなたは今、砦の責任者『だった』と言いましたよね?」
イシルダが鋭く指摘した。
グランは無意識のうちに主君の方を見ていた。
「……そこまで話すつもりはなかったのだが……」
「申し訳ございません」
グランはため息をつくバーニスに詫びた。
「グランの話には続きがある。砦の責任者を務めていたエリヤフは若い娘が回復すると、戻ってきたカイルとその娘を連れて出奔したのだ」
「……エリヤフ中佐はどんな人物だったのかしら?」
イシルダが聞いた。
「一兵卒から中佐にまで上り詰めたきわめて優秀な軍人だ。彼が脱走兵になることなど考えられない。エリヤフを知る者は皆、口をそろえてそう言っている」
「わけがわからないですね」
バーニスの説明を聞いたルシリアは困惑を隠せなかった。
「フェイラム伯爵の死後、ワイルドヘッジがどうなるかによって僕らがどう動くのかも変わってくるから、そちらから情報を得られればと思ったんだけど……難しいようだね」
カロルが言った。
「こちらは伯爵を下した反乱軍のリーダーであるペリンがどう動くかを見極めているところだ。だが、ペリンが何を考えているにしろ、実際に動き出すには時間がかかるだろう。先にこちらの話をまとめてしまえば奴も反発は出来まい」
「そうだね。バーニスの言うとおりだ。帝国と王国の間で和平が結ばれてしまえば彼らも手出しは出来ない」
カロルがうなずいた。
「ようやく終わりが見えてきましたね……長かった」
ルシリアが疲れた顔で言った。
「陛下からこの和平交渉の相談を受けた日からもう十年もたったのですか……小さかったパトリシアもすっかり大きくなってしまった」
感慨を込めてグランが言った。
「私を時間の尺度に使わないでください」
引き合いに出されたパトリシアは少し不機嫌そうだった。
「まあまあ、パティさんはまだまだ若いんだからいいじゃないですか。うちの姉さんなんてこの十年の間に一体いくつの縁談を断ったことか……いくら器量がいいからっていつまでもあぐらをかいていると取り返しのつかないことに……」
「ルシリア、誰を選ぶのかは姉さんが決めることで……」
「……フレドさんの最後の任務はなんだったの?」
カロルが妹をたしなめようとしたとき、イシルダがおもむろに口を開いた。
「姉さん?」
「お願い。答えて」
カロルが声をかけたが、イシルダは構わず続けた。
「それは……」
グランとパトリシアは顔を見合わせ、バーニスの様子をうかがった。
「……ロプレイジ帝国軍が作ったという隠れ里の調査だ」
大分迷ったものの、バーニスは話すことにした。
「なんですって? うちはそんなものを作ったりしてませんよ」
ルシリアは怪訝そうな顔をしていた。
「信頼できる情報ではなかったのだが、偶然フレド達が近くにいたので一応は調査を行うことになったそうだ」
「脱走兵はごく希に出るけど、集落を作れるほどの人数がまとまって逃げたなんて聞いたことが……」
カロルも疑わしげだった。
「……遺物探索第四部隊……」
つぶやいたイシルダに全員が目を向けた。
「十八年前、『知ろしめす指輪』に選ばれたバーニスの出現で形勢が逆転したころ、ロプレイジ帝国は遺物を探索する部隊を作ったの……はっきり言って遺物発見の見込みなんてなかった。当時の帝国はそれだけ追い詰められていたのよ」
バーニスを見るイシルダの目には複雑な感情が渦巻いていた。
「そして、彼らが遺物を持ち帰る前にカロルが『煌めきの涙滴』に選ばれた。結局、遺物探索部隊の活動は無駄に終わってしまったんだけど、探索部隊のひとつが消息を絶っているの。それが遺物探索第四部隊」
「その第四部隊が実は生きていて、彼らが隠れ里を作ったと仰るのですか?」
パトリシアに問われてイシルダはうなずいた。
「じゃあ、隠れ里は実在していて、フレドさん達は遺物探索部隊に襲われたってことなんですかね?」
ルシリアは半信半疑だった。
「流石にサルトビには劣りますが、フレドとて精鋭です。十八年も前に一線を退いて隠れ住んでいる者たちに後れを取るとは思えません」
グランは首を振った。
「……探索部隊が遺物を手に入れていたのだとしたら?」
イシルダが言った。
「そんなことがあるわけが……」
「いいえ。辻褄は合います。フレド隊長とて遺物相手では厳しいでしょう。それに、本当に彼らが遺物を見つけたのであれば、消息を絶って隠れ里を作り、十五年以上も潜伏していたことにも納得がいきます」
否定しようとするグランを遮ってパトリシアが言った。
「フレドを殺した遺物の所有者が野放しになっているというのか。早急に調査をしなくては……」
「……違う、つながってるんだ……」
イシルダは青ざめていた。
「……ローゼンプールは知っているかしら?」
「高い工業技術で有名な都市ですね。機動鎧とかいう兵器を保有していると聞いております」
パトリシアが答えた。
「帝国軍はローゼンプールのブロンダム博士から情報と引き替えに亡命したいと言われていたの」
「姉さん! それは極秘で……」
声を上げたルシリアをカロルが制した。
「いいんだ。姉さん、続けて」
「帝国軍は亡命を受け入れ、カスパール大佐と元五帝剣のジェイウォン・ミラーズを派遣しました」
「ジェイウォン・ミラーズ……恐るべき使い手でしたな」
戦場で相まみえた強敵を思い出してグランが言った。
「でも、あの爺さんと弟子のコルビン君、それにカスパール大佐は消息を絶ったんです」
秘密を明かした姉にため息をつくとルシリアが言った。
「なんだと!」
バーニスは驚いていた。
「元五帝剣を倒せるとなると……」
「フレド隊長を倒した相手と同じ……」
グランとパトリシアは同じ結論に至っていた。
「それだけじゃない。つながっているのは全部よ」
イシルダはかぶりを振った。
「遺物の所有者はフェイラム伯爵も手にかけた」
イシルダの言葉に全員が言葉を失った。
「……いくらなんでもそれは……」
「流石にそこまでは……」
ルシリアとパトリシアは疑わしげだった。
「フェイラム伯爵は大所帯です。フレドやミラーズとは違います」
「伯爵に手を下したのが遺物の所有者だとすると反乱軍はそいつが指揮していたことになる。それは考えに
くい」
グランとバーニスも同じ考えだった。
「でも……」
イシルダは食い下がろうとしたが、彼女の肩に手が置かれた。
「フェイラム伯爵のことはともかく、フレドさんが調査していた隠れ里については調べ直した方がいいね。遺物探索部隊の情報が必要であれば僕の方から提供するよ」
カロルはイシルダを止めるとそう言った。
「ああ。隠れ里に関しては徹底的に調べるつもりだ。そのときはよろしく頼む」
バーニスはカロルに頭を下げ、会談は終了した。
バーニス達を転移魔法陣まで送り、彼らが帰っていったのを見届けるとイシルダが口を開いた。
「……ごめんなさい。余計なことを言って混乱させてしまったわ」
「姉さんは考えすぎなんですよ。私のように適度に力を抜くことを覚えるべきです」
客が帰ったことでルシリアの顔はさらにだらけた感じになっていた。
「あなたは私のように気位を持ちなさい」
イシルダは妹の頬をつねった。
「思いのほか痛いんですが!」
姉と妹が言い争う中、カロルは物思いにふけっていた。
偵察部隊の生き残りのカイルが連れ帰ったという若い娘は事情を知っていたはずだ。だが、目覚めた彼女が遺物の力でフレドが倒されたなどと言えば正気を疑われただろう。
エリヤフが評判通りの人物であれば彼女を守るために出奔するのも十分にあり得る。そして、彼らは周囲を納得させるために証拠を集めるだろう。隠れ里ひとつのことであれば証拠を集めるのにそれほど時間はかからないはずだ。
しかし、エリヤフ達は未だに姿を見せない。これほどまでに時間がかかっているということはつまり……。
「カロル、そろそろ行くわよ」
そこまで考えたところでカロルはイシルダに声をかけられた。
「やれやれ、姉さんはホントに無粋ですね。バーニスさんとの会話の余韻を堪能している兄さんの邪魔をするだなんて」
ルシリアは大げさに肩をすくめた。
「あなたねえ……」
イシルダのくどくどとした説教が始まった。
カロルは頭を切り換えると怒れる姉をなだめに向かったのだった。
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