第114話 その名は終の戦団

「はあ、落ち着く」


 クルツによるペリンの蹂躙が始まった頃、グレース本人は天幕の中でアルヴァンをぬいぐるみのように抱きしめていた。グレースの顔は幸せそうだった。


「ええと、お疲れ様でした」


 アルヴァンは抱きしめられたままグレースを労った。


「アルヴァン君もね。それにしてもクルツ君がいてくれてよかったよ。ペリンのことを考えると恐ろしくて夜も眠れなかったからね」


「大変でしたね」


「そうなんだよ。実を言うとまだ恐怖が収らないんだ。だから今夜は君を抱いて眠ることにしようかな」


 グレースは妖艶に微笑んだ。


「女狐さん、そんなことまで許可した覚えはありませんわ」


 ヒルデは殺意のこもった目でグレースをにらみつけた。

 その隣ではベリットがうんうんとうなずいていた。


「そもそも君たちの許可が必要なことじゃないんじゃないかな?」


 グレースはアルヴァンを抱いたままで挑発するようにヒルデとベリットを見た。


「バルドヒルデだって十分に戦果を上げたんだ。少しは配慮してやれ」


 エイドレスが言った。身につけていたカエアンはすでに外しており、今は炙った肉を食べていた。


「ワシら全員で勝利を掴んだんだ。いがみ合ってどうする」


 酒杯を傾けながらジェイウォンが言った。


「……また今度だね」


 グレースは重いため息をつくと名残惜しそうにアルヴァンを解放した。


「そういえば、私が持ち帰ったブルーローズは受け取ってくれたか?」


 エイドレスが聞いた。ブレンダンを倒した後、エイドレスは彼が持っていたブルーローズを回収し、アルヴァンに渡していたのだった。


「ええ。もう処理は済ませました」


 アルヴァンはバラの花を取り出した。そのバラは黒い花をつけていた。


「素敵ですわ! わたくしのためにこのようなものを用意していただけるだなんて!」


 バラを見たヒルデは目を輝かせた。


「アホ聖女様が花なんてもらってどうすんだよ。これはあたしのためのもんだろ」


 ベリットが割り込んだ。


「え? これが欲しいの? この花、爆発するんだけど……」


 戸惑いながらアルヴァンがそう言うと、ふたりはすごすごと引き下がった。


「……さて、ワイルドヘッジの盟主、バートランド・ユービクタス・フェイラムは倒れた。残るはふたつの大国だけだな」


 ジェイウォンが言った。酔いが回ったその顔は少し赤くなっていた。


「次はグロバストン王国だったな」


 骨をしゃぶりながらエイドレスが言った。


「ペリンが生まれ変わったらグロバストン王国に取りかかるよ」


 グレースが言った。


「あたしの集大成ももうすぐ完成する。今度はちゃんと働くぜ!」


 くいっとメガネをあげて、ベリットがにやりと笑った。


「グロバストン王国……世界最強の魔術師……胸が躍りますわ」


 ヒルデの紅い瞳はキラキラとしていたが、ふと我に返った。


「そういえば、わたくしたちってまだなんて名乗るか決めてませんでしたわね」


 ヒルデの指摘に一同は顔を見合わせた。


「失念しておったわ」


「いい加減決めなくてはな」


「フェイラム伯爵を倒した以上、ボクらも表舞台に出ることになるからね」


「でもどうするよ? あたしなんも考えてないんだけど」


「困りましたわね」


「あのー」


 おもむろに手を上げたアルヴァンに全員の視線が集中した。


「ひとつ、思いついたことがあって……」


 アルヴァンは自分の考えを説明した。




 その日、都市国家同盟ワイルドヘッジの小都市のひとつに過ぎなかったストーンヘイムは、人であふれかえっていた。あまりにも多くの人々が集まってしまったせいで、街の中に入れない人まで出てしまうほどだった。


 街の中はろくに身動きも取れないほどだった。

 集まった人々のお目当てはただひとつ。


 暴君フェイラム伯爵を打ち破った英雄の姿を見ることだ。


 ストーンヘイムの領主、オットー・ペリンはかつての彼からは想像も出来ないほどに堂々とした態度で人々に語りかけていた。

 力強く演説を続けるペリンの傍らには細身で背が高く、派手な格好をした男の姿があった。


 ペリンは言った。


「我々は暴君に勝利し、平和と安心できる暮らしを勝ち取った!

しかし、これは一時のものに過ぎない。我々は狙われているのだ。強大な大国、グロバストン王国によって。フェイラム伯爵の圧政に苦しむ我らを見て、彼らは何をした?

 答えは誰もが知っている。彼らは何もしなかった!

 我々が苦しむことこそが彼らの望みなのだ。ならば、我々がやるべきことはひとつしかない。勝ち取った平和を、安心できる暮らしを守るため、圧政への加担者を打倒するのだ!」


 ペリンの言葉に集まった民衆は歓喜した。彼らは自分たちを助けてくれなかったグロバストン王国を口々に罵った。


 ペリンの言葉は続く。


「グロバストン王国は強大だ。フェイラム伯爵よりも遙かに手強い相手だ。だが、案ずることはない。このオットー・ペリンが必ずや皆を勝利へと導く。そして、我々には心強い味方がついている」


 ペリンは隣に立っていた銀髪の青年を指し示した。民衆は一斉に銀髪の青年に目を向けた。


「このアルヴァンこそが今回の勝利の立役者だ。彼とその仲間達はフェイラム伯爵打倒に多大な貢献をしてくれた。人々よ、恐れることなどない。我らには彼がついている。アルヴァン率いる『終(つい)の戦団』があらゆる敵を討ち滅ぼすであろう!」


 民衆達から割れんばかりの大歓声が上がった。


 銀髪の青年は少したじろぎながらも民衆に向かって軽く手を振っていた。その腰には漆黒の剣が差してあった。

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