第115話 方向性の違い

 人混みに紛れ込んで演説を見ていたレイモンド・エリヤフは必死で平静を装っていた。

 エリヤフはペリンの隣に立っている派手な男に見覚えがあった。


 クルツ・ガーダループ。グロバストン王国の女王直属の特務部隊の一員だった男だ。

 何年か前に一度遠目に見ただけだがあの独特の雰囲気は間違えようがなかった。


 だが、クルツは死んだはずだ。

 反逆を企てたことを理由に女王自ら処刑したのだ。


 エリヤフにはわけがわからなかったが注意して観察しているとペリンの動きに合わせてクルツの手がかすかに動いているのに気づいた。クルツは史上最高とも呼ばれた人形遣いである。

 エリヤフは疑念を持って注意深くペリンを観察した。


 そして、あることに気づいた。ペリンは瞬きをしていないのだ。


 エリヤフの疑念は確信に変わった。


 ペリンはクルツによって操られている。


 その結論が意味することにエリヤフはめまいを覚えた。


 フェイラム伯爵への反乱も、グロバストン王国への敵愾心を煽るこの演説もペリンの意思で行ったことではない。


 想像を遙かに超える事態にエリヤフは押しつぶされそうになっていた。


 そんななか、元々大きかった歓声が耳を聾さんばかりに膨れあがった。


 エリヤフは演壇を見た。


 そこに彼はいた。


 その銀髪の青年こそがエリヤフが追い続けた人物だった。


 青年の顔には険しさなど微塵もなく、柔和にすら見えた。

 マヤから聞いていたとおりのどこにでもいそうな青年だった。


 だが、その青年の腰には剣が差してあった。それは大ぶりでどす黒い剣だった。


「アルヴァン……」


 エリヤフは知らぬ間にその名を口にしていた。


 すると、壇上のアルヴァンがこちらを見た。


 自然に振舞え。自然に振舞え。自然に振舞え。


 エリヤフはそれだけを意識するように努めた。

 しかし、心臓は破れてしまいそうなほどに激しく脈打ち、両足はガタガタと震えていた。


 転びそうになりながら踵を返し、マントで顔が見えにくくなるようにしながら人混みをかき分けていく。


 自然に振舞え。


 エリヤフは永遠にも思える間、その言葉を頭の中で繰り返していた。


 気がついたときには街の近くにある森の入り口にまでたどり着いていた。


「中佐、どうされましたか?」


 待機していたマヤにそう聞かれたものの、エリヤフはしばらくの間なにも答えることが出来なかった。


「……彼がいたんですね」


 カイルがおもむろに口を開いた。


「なんですって」


 マヤは息をのんだ。


「……その通りだ……私はアルヴァンを見た……」


 エリヤフはやっとの思いで言葉を絞り出した。


「へえ、あいつは元気だったか?」


 葉巻を吹かしながら尋ねたのは港湾都市パインデールでエリヤフ達が捕らえたガスリンだった。ガスリンはエリヤフの反応を面白がっているようだった。


「口を慎みなさい!」


 マヤに言われたガスリンは大げさに肩をすくめた。


「……元気そうに見えたよ」


 エリヤフは自分が見てきたことを説明した。




「あいつらはフェイラム伯爵も倒しちまったわけか」


 話を聞き終わったガスリンは煙を吐き出した。


「まさかここまで……」


 マヤは青ざめていた。


「……彼らはグロバストン王国を狙っているんですね?」


 カイルが聞いた。彼の顔にはなんの感情も表れてはいなかった。


「ああ。もはや一刻の猶予もない。このことを女王陛下に伝え、なんとしてもペリンを……いや、アルヴァン率いる終の戦団を倒さねばならん」


 エリヤフが言った。


「そうしねえとあいつら全部壊しちまうからな」


 ガスリンが言った。


「お前にも協力してもらうぞ」


 エリヤフは鋭い目でアルヴァン達に協力していた男を睨んだ。


「わかってるよ。そのためにあんた達に捕まってやったんだ」


 ガスリンはにやりと笑った。


 アルヴァンの足跡をたどっていたエリヤフ達は聖女の血を使ったクスリの流れを追ってパインデールにたどり着いた。

 エリヤフ達はパインデールで情報を集め、領主代行を務めているガスリンがアルヴァンたちに協力していることを掴んだ。


 しかし、領主代行であるガスリンは常に警護されており、手を出すのは難しかった。


 そんなとき、彼らの前に突然ガスリン本人が現れた。


 破滅を覚悟したエリヤフ達だったが、ガスリンはエリヤフ達への協力を申し出たのだった。


「ずいぶん世話になったんだが、あいつらは何もかもぶっ壊すつもりだからな。俺はそんなのは望んじゃいねえ。こいつが手に入らない世界なんてまっぴらごめんだ」


 ガスリンは吸っていた最高級の葉巻を愛おしそうに眺めた。


「王国でのお前の処遇については私からも申し入れておくが、どうなるかはわからん。情報を引き出したら処刑ということも十分あり得る。覚悟はしておけ」


 エリヤフは改めてガスリンに言った。


「王国なんざ怖かねえよ」


 ガスリンは笑った。


「俺が怖いのはあいつらだけさ」


 葉巻を持ったガスリンの手は震えていた。


 怖いのはエリヤフも同じだった。それが顔に出ていたのだろう。

 マヤが声をかけてきた、


「中佐、アルヴァンはわたしが必ず止めます」


「マヤ君」


 アルヴァンがワイルドヘッジの盟主フェイラム伯爵をも打ち倒してしまったことを突きつけられたエリヤフはマヤの言葉を素直に受け入れることが出来なかった。


「私の祖母は長い時間をかけて簒奪する刃を調べていました。隠れ里に戻ったのは祖母の研究の成果を探すためでもあったんです」


 エリヤフを勇気づけるようにマヤが言った。


「私は祖母の資料の中から簒奪する刃を無力化する術を見つけました。旅の間、その術を習得するために訓練を続けていました」


「なんだって! そんなことは今まで一度も……」


 驚いたエリヤフだったが、思い返してみればマヤは時々ひとりでどこかに行くことがあった。

 アルヴァンを追うことに複雑な思いを抱えているのだろうとそっとしておいたエリヤフだったが、まさかそんなことをやっていたとは思いもしなかった。


「申し訳ありません。私が確実に術を習得できる保証がなかったのでぬか喜びさせたくなかったんです」


 マヤは頭を下げてエリヤフに詫びた。


「ですが、私はようやく術を身につけました。これを使えばアルヴァンを止めることが出来ます」


 マヤの目には確かな自信があった。


「それは……しかし……」


 エリヤフはまだ状況が飲み込めていなかった。


「そうとなればこんなとこで油売ってる場合じゃねえな。とっとと行こうぜ、中佐」


 ガスリンが言った。


「お前に言われずとも……」


 反発しようとしたエリヤフはカイルの様子がおかしいことに気づいた。


「なにか来ます……三人……速い……」


 カイルはストーンヘイムの方を見ていた。


「勘づかれたか!」


 エリヤフが慌てて剣に手をかけた。


「まさか……」


 マヤは体を強ばらせた。


「……いや、これは彼じゃない……」


 カイルは油断なくフレドが残した短剣とアーシャが残した長刀を抜いた。


 その顔はどこか残念そうだった。

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