第113話 全てをさらけ出して

「一体なにが起きているんだ……」


 フェイラム伯爵に代わって伯爵軍の指揮を執っていたベルナルド・コスタは、黒い閃光が白い太陽を両断して伯爵軍の本陣を吹き飛ばしていくのを呆然と見ていた。

 それは周りにいる他の兵士も同様で、敵も味方もこれからどうすればいいのかわからずにいた。


 黒い閃光が収ってから少ししたとき、伯爵軍の本陣からなにかが飛んでくるのが見えた。

 それは黒い砲弾だった。


 コスタは思った。

 あれはウルグロースカタパルトによる砲撃だ。つまり、フェイラム伯爵は生きていたのだ。


 伯爵の無事を知って安堵したコスタは気を取り直して味方を鼓舞した。


「我らの大将は健在だ! 愚かな反乱軍を押し返せ!」


 コスタは声を張り上げた。


 しかし、味方の兵士達はコスタに続こうとはしなかった。

 彼らは逃げ出した。


 自分たちに向かって飛んでくる黒い砲弾から逃れるために。


 標的になっていることに気づいていないコスタだけが取り残された。

 黒い砲弾はコスタを直撃し、彼の体を粉々にした。



 その一撃を皮切りに、無数の黒い砲弾が伯爵軍に降り注いだ。


「ひいっ!」


 反乱軍の総大将であるペリンは降り注ぐ黒い砲弾が周囲の伯爵軍兵士を次々と吹き飛ばしていく様に縮み上がっていた。


 恐怖に耐えられなくなったペリンは馬を駆って逃げだそうとした。

 しかし、馬は動こうとはしなかった。


「下手に動くな。死ぬぞ」


 馬の前に立ちふさがっていたのは灰色の狼の獣人だった。


「ふざけるな! これはウルグロースカタパルトによる砲撃だ! フェイラム伯爵がこちらを攻撃しているんだぞ! 今はたまたま攻撃が外れているだけだ! 一刻も早く逃げなければ殺される!」


 ペリンが喚いた。


「攻撃しているのはフェイラム伯爵ではない。こちらに危害が及ぶことはない」


 エイドレスは淡々と諭した。


「薄汚い獣人の言うことなど信用できるか!」


 ペリンは聞く耳持たなかった。


「やれやれ、どうしたものか……」


 聞き分けのない総大将にエイドレスはため息をついた。


「どれ、手を貸してやろう」

 ジェイウォンがペリンに手をかざした。

 するとペリンの体がぐらりと揺れた。


 エイドレスは意識を失って馬から落ちそうになったペリンの体を支えた。


「諸君! 総大将は反乱軍立ち上げから今日まで休む暇もなく身を粉にして働いてきた! 全てはフェイラム伯爵の暴虐から人々を解放するためだ! だが、流石の彼にも限界が来てしまったようだ!」


 ジェイウォンは声を張り上げた。


 何も知らない兵士達はペリンの献身に胸を打たれていた。


「総大将には少し休んでもらおう。そして、我々だけで伯爵軍を倒し、彼を驚かせてやろうではないか!」


 ジェイウォンの言葉に兵士達は奮起した。


 ペリンは怯えきっていたものの、兵士達は砲撃が自分たちの方に飛んでこないことに気づいていた。

 反乱軍の兵士達は総大将を喜ばせるために突き進んでいった。


「案外なんとかなるものですわね」


 ヒルデは兵士達の反応に驚いていた。


「生死がかかった極限状態だもの。冷静に考えればおかしいとわかっても、今の爺さんみたいに勢いで押し切っちゃえばコロッと流されちゃうのよ」


 クルツが言った。彼は新しく手に入れた反乱軍の兵士を従えていた。


「あら、新しいのを捕まえましたの?」


「気がついちゃったかしら。戦場ってイイオトコがいっぱいいるからいいわよねえ」


 クルツは新しい人形を惚れ惚れと眺めていた。


「さて、後は伯爵軍を狩れるだけ狩るだけだな」


 近くにいた兵士に気絶したペリンを預けるとエイドレスが言った。


「伯爵軍の残りは六千といったところじゃな」


 もう存在しない顎髭を癖で撫でながらジェイウォンが言った。


「耄碌してる年寄りには負けられないわね」


 クルツが言った。


「勝つのはわたくしですわ」


 四人は伯爵軍に襲いかかっていった。




 日が沈むまでの間、ウルグロースカタパルトを簒奪したアルヴァンによる徹底的な砲撃とヒルデ達による追撃が加えられ、さらに勢いに乗った反乱軍の兵士達も伯爵軍を蹂躙していった。


 伯爵軍は百人ほどしか逃げ延びることが出来なかった。


 勝利を収めた反乱軍の天幕では夜遅くまで宴が続いた。




 疲れ切った兵士達がようやく寝静まった頃、ペリンの天幕に使者が訪れた。

 待ち望んでいたグレースからの伝言だった。


 気絶して天幕に運ばれたペリンは夕方になって意識を取り戻し、この戦いに勝利したことを聞かされた。結局のところ誰ひとりとして敵を倒すことがなかったペリンにとってはなんとも味気ない勝利だった。


 だが、勝利は勝利だ。そして、勝利したということは『ご褒美』がもらえるということだ。


 ペリンは部下に命じて湯を用意させ、戦場でついた汚れを洗い流した。


 その後は、次から次へと天幕にやってくる反乱軍の面々を体調が悪いといって追い払い、ひたすらグレースからの使者を待っていたのだった。


 ペリンはかつてないほどに興奮していた。天幕を出るとひんやりとした夜の空気が火照った頬に触れて心地よかった。


 天幕の外で寝ている兵士達を起こさないように気をつけながら指定された場所に向かう。グレースは反乱軍の陣地の外れに設置した天幕を指定してきた。


 これだけ離れていれば多少声が出ても問題ない。『ご褒美』をもらうことを考えるとペリンの顔が緩んだ。

 辺りを見回し、誰にも見られていないことを確かめるとペリンは素早く天幕に入った。


 天幕の中は小さなランプがひとつあるだけで薄暗かった。


「……どこにいるんだ?」


「ここだよ」


 聞き慣れた声の方にペリンが目を向けると、こちらに背を向けて座っている人影があった。その人物は頭からすっぽりと毛布をかぶっていた。


 普段はあれだけ堂々としているにも関わらず、こういった場面では恥ずかしいようだ。

 そんな奥ゆかしさもペリン好みだった。


「恥ずかしがることなどない。さあ、俺にお前の全てを見せてくれ」


 ペリンはそっと人影に這い寄ると後ろから抱きついた。


「あらあら、大胆ねえ」


 声そのものはグレースのそれだった。


 しかし、ペリンが抱きしめたその体は、ペリンよりも大きく、女の体とは思えないほど硬かった。


 不思議に思ってペリンが相手の体を撫でまわしていると、その人影はかぶっていた毛布をはぎ取った。


「ずいぶん情熱的じゃない。気に入ったわ」


 その声はもはやグレースのものではなかった。


 毛布の下から現れたのは最近になって反乱軍に加わったクルツだった。


 驚きが大きすぎてペリンは言葉が出てこなかった。


「さあ、アタシにもアナタの全てを見せてちょうだい」

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