第104話 人形遣いのクルツ

「ボーヤにアタシのお友達を紹介するわ」

 開け放たれた館の扉から二人の少女が飛び出した。ひとりは緑のドレスをもうひとりは黄色のドレスを着ていた。


「緑のドレスがステファニー、黄色のドレスがメアリーよ」


「こんにちは」

 簒奪する刃を構えたアルヴァンが言った。


「あらやだ、素直な子ねえ」

 男が口元に手を当てて笑う。


「ほら、貴方たちもご挨拶なさい」

 男が片手を振ると二人の少女は優雅にお辞儀をした。


「さて、ご挨拶もすんだところで、はじめましょうか。メアリーちゃん」


 男がそう言うと、黄色の少女の右の手首が折れ曲がり、折れた腕から鈍く光る刃が飛び出した。


「ステファニーちゃん、とっ捕まえなさい」


 命令を受けた緑の少女は左手をアルヴァンに向けた。

 破裂音がしたかと思うと、緑の少女の手首から先が青年に向かって飛んでいった。


 ワイヤーで腕とつながっている左手が漆黒の魔剣の剣身を掴む。緑の少女の左手から血が流れることはなかった。


「やっぱり人間じゃないんですね」

 アルヴァンが言った。


 男はにやりと笑うと片手を軽く振った。

 緑の少女に仕込まれたワイヤーが巻き取られ、剣を掴まれているアルヴァンが少女達の方へ引っ張られる。

 黄色の少女は右腕から生えた刃を振り上げた。


「そうそう、その刃には毒が仕込んであるからちょっとでも触れると死んじゃうわよ」


 黄色の少女が毒を仕込んだ刃を振り下ろす。


 アルヴァンはそれを左腕で受けた。


「忠告するのが遅かったかしら? 困ったわねえ、久しぶりのオトコなのに」

 男はあごに手を当てて残念そうに言った。


「まあ、アタシの相手をするのはボーヤには早かったってことね」


 男がそう言った次の瞬間、銀髪の青年が左腕を振り抜いた。


 黄色の少女の刃はその右腕ごとへし折られていた。


 男が目を丸くする。


 続いて青年は緑の少女に掴まれている剣を放すと自由になった右手を緑の少女に打ち込んだ。

 落雷のような音がしたかと思うと、緑の少女の体は吹き飛ばされ、館の壁に大穴を開けた。


 銀髪の青年は剣を掴んだままの緑の少女の左手を外して放り投げた。緑の少女の左手につながっていたワイヤーはちぎれていた。


「貴方、そんなのつけてたかしら?」


 男の視線の先には青年の両手を覆っている黒い籠手があった。


「必要になったんで出したんです」

 銀髪の青年が答えた。


「ふうん、思ったよりもイイオトコみたいね……いいわ。本気でやってあげる」


 男が手を振ると、次から次へと人形が館から出てきた。

 その数合わせて二十五体。

 女性型だけでなく、男性型もおり、大きさや見た目の年齢も様々だったが、皆一様に美しく、生気のない顔をしていた。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。アタシはクルツ・ガーダループ。世界最高の人形遣いよ」


「僕はアルヴァンです」


「アルヴァンちゃんね。覚えておくわ。じゃあ、踊りましょうか」


 整列していた人形達が一斉にアルヴァンの方に顔を向けた。それらの瞳にはなんの感情もこもっていなかった。


「これ、全部壊してもいいんですよね」

 対するアルヴァンの瞳は歓喜に輝いていた。



「……イイわねえ……」

 両手の指先から伸びている魔力でできた無数の糸を操りながら、人形遣いは舌なめずりした。クルツの周囲にはかつて人の形をしていたものが散乱していた。


「ふふっ、すっごい……」

 この状況を作り出した存在の方をちらりと見る。


 漆黒の剣がきらめき、飛びかかっていった人形の体を頭から真っ二つに切り裂く。続いて、黒い籠手に覆われた右手が後ろから迫っていた人形の頭を掴む。

 頭を掴んだ籠手に黒い雷が落ちて掴まれている人形をバラバラにした。


 銀髪の青年は満足そうに笑いながら破壊の限りを尽くしていた。

 その動きが鈍ることはない。

 それどころか時間がたつにつれて動きが良くなっているように見えた。


「アルヴァンちゃん」

 クルツは人形達をいったん止めて呼びかけた。


「あれ? もう終わりですか?」

 少し不満そうにアルヴァンが言った。


「失礼ね。出そうと思えばまだまだ出せるわよ。ただ、ちょっと聞きたいんだけど、アルヴァンちゃんは最後までやりたいの?」


「クルツさんはどうしたいですか?」


「質問に質問で返すのはお行儀が悪いわよ……って言いたいところなんだけど……アタシとしては最後までつきあっても構わないわ。アタシ、アルヴァンちゃんにならメチャクチャにされちゃってもいい。ただ……」


「ただ?」

 アルヴァンが首をかしげる。


「アタシね、アルヴァンちゃんに興味がわいたの……もっとアナタのことを見ていたい……こんな気持ち初めてよ……」

 自分の胸に手を当てて、高鳴る鼓動を楽しみながらクルツが言った。


「そうですか」


「んもう、淡泊なオトコねえ……でもそこがいいわ。ねえ、アルヴァンちゃん、貴方はどう?」

 クルツは笑いながら言った。


「僕もなんとなく気になったんでここにきたんです。そしたらクルツさんがいて……」


「あら素敵! これって運命の出会いじゃない!」


「そうなんですか?」


「そうに決まってるわ! アルヴァンちゃん! アタシ達はともに歩く運命なのよ! 殺し合ってる場合じゃないわ!」


「えっと、クルツさんと殺し合いするのすごく楽しいんですが……」


「なに言ってるのよ! アタシ達は病めるときも健やかなるときも支え合う定めなのよ!」


「そうかなあ……」

 自分が斬って捨てた人形達を名残惜しむように見ながらアルヴァンが言った。


「そうよ! アルヴァンちゃんだってアタシと一緒にいると楽しくなると思わない?」


「それは……そうですけど……」


「決まり! アタシはアルヴァンちゃんについて行くわ!」


「大丈夫かなあ……」




「えっと、クルツ・ガーダループさんです」

 アルヴァンは隣に立つクルツを紹介した。


「やあねえ。アルヴァンちゃん、アタシのことはクーちゃんって呼んでって言ったでしょ?」

 クルツが口をとがらせた。


「クーちゃんです」

 アルヴァンが言い直した。


「もう、素直なんだから! カワイイ!」

 クルツがアルヴァンに抱きついた。


 アルヴァンを出迎えた面々はその光景に絶句していた。

 

 ベリットは無言でヒルデとグレースを手招きした。三人で円陣を組む。


「おい、どうすんだよこれ。なんだよこれ。どうなってんだよこれ」

 ベリットが小声でまくし立てた。


「たとえアルヴァン様がソッチ系のお方だったとしても、わたくしはいつまでも愛し続けますわ」

 涙声でヒルデが言った。


「あいつやっぱりソッチだったの?」

 ベリットがささやく。


「ボクらがあれだけアプローチをかけても反応が鈍かったからね……嫌な予感はしていたんだけど……」

 グレースも落胆と動揺が隠せない様子だった。


「だよなあ。あたしらってレベル高いもんなあ……」


「わたくしたちのような美少女から四六時中誘いを受けてもあの調子でしたものね……」


「ボクらにはなんの問題もないんだからアルヴァン君の方に原因があるとは思っていたけどね……」


 三人はうなずき合った。


「自己評価の高い方々ですなあ……」

 ローネンが目を丸くした。


「あらあ、ガールズトークかしら? アタシも混ぜてくれない?」


 いつの間にか近づいてきていたクルツが言った。


 三人はクルツに胡乱げな目を向けた。


「安心なさい。アルヴァンちゃんとはただのお友達よ」


 クルツの言葉に三人はぱっと笑みを浮かべた。


「今のところはね」


 三人は笑みを引っ込めて警戒のこもった目でクルツを見た。


「やはり油断ならない状況だね」

「だな」

「ですわね」

 グレースの言葉にベリットとヒルデがうなずいた。


「それで、お前はいったい何者なんだ?」

 エイドレスが聞いた。


「あら? あらあらまあまあ……」

 クルツの目が輝いた。なめらかな足取りで間合いを詰める。


「な、なんだ……」

 エイドレスは音もなく忍び寄ってきたクルツに困惑と警戒の入り交じった目を向けた。


「……ステキ……」

 クルツはうっとりとつぶやいた。

 その手はすでにエイドレスのたくましい体の上を這い回っていた。


「なんだ! なんのつもりだ!」


「こんなにワイルドなオトコは初めて見たわ。ドキドキしちゃう」

 クルツの手は止まらない。


「おい! やめろ! お前達も見てないで助けろ!」

 エイドレスが声を上げた。


「クルツさんがエイドレス殿の方に行ってくれるならボクらは安心できるね」

「だな」

「狼さん、貴方の貴い犠牲は忘れませんわ」


 三人の意見は一致していた。


「ふざけるな! 私はどうなってもいいというのか!」


「エイドレスちゃん、後悔はさせないわよ……絶対にね」

 クルツの目は真剣そのものだった。


「ほっほ、かの『人形遣い』とはな……アルヴァンの奴も妙なものを釣り上げたものだ」

 ジェイウォンが笑った。


「今のあんたに『妙なもの』だなんて言われたくないわよ」


「おや? おまえさん、ワシのことがわかるのか?」


「アタシ、一度味見したオトコは絶対に忘れないのよ」

 クルツは口の端を釣り上げた。


「お知り合いなんですか?」

 アルヴァンが聞いた。


「王国と帝国が戦争やってた頃に軽く殺し合ったのよ」

 クルツが答えた。


「クルツ・ガーダループ。グロバストン王国の女王直属の特務部隊『王の手』の一員じゃよ。もっとも、何年か前に反逆を企てて処刑されたと聞いとったがな」


「女王直属の特務部隊だと!」

 相変わらずクルツになで回されているエイドレスが言った。


「アタシって超優秀なの」

 クルツが得意気に笑った。


「処刑されたはずの人がなんで生きていますの?」

 ヒルデが首をかしげる。


「爺様は耳が遠いから……」

 ベリットが言った。


「おぬしは本当に……」

 ジェイウォンは怒りをこらえながらベリットをにらみつけた。


「ジェイウォンちゃんは間違ってないわ。アタシが死んだことになってるのは確かよ」

 笑いながらクルツが言った。


「そらみたことか」

 ジェイウォンが言った。


「サーセン」

 ベリットは誠意のない謝罪をした。


「いったい何があったんですか?」

 アルヴァンが聞いた。


「大して面白くもない話なんだけどね。アタシ、女王陛下を怒らせちゃったのよ」

 クルツが語り出した。


「アタシってば超一流の人形遣いだから自分が使う人形にはこだわりがあるの。特に素材にね。いろいろと試したんだけど、やっぱり人間を素材にするのが一番いいのよ。

 とはいえ、人間って調達してくるのが面倒なのよね。ほら、人ひとり消えちゃうとどうしたって騒ぎになるじゃない? 

 そこでアタシはいなくなっても誰も困らない人間を使うことにしたの。アタシって頭いいでしょ?」


「あー、わかるわー」

 うんうんとうなずきながらベリットが言った。


「実際、初めのうちは上手くいってたの。ただね、アタシも知らなかったんだけど、アタシが素材の供給源にしてた孤児院って女王陛下がお忍びで様子を見に行ってたのよ。で、孤児院の小汚いガキどもがたびたびいなくなることに気づいた女王陛下は調査を始めたの。

 陛下はすぐにアタシにたどり着いたわ。アタシがガキどもを人形の材料にしてることを知ったときの陛下のお怒りはそれはそれはすさまじいものだったそうよ。ヒステリックな女って嫌よねえ……。

 で、ヒス女……じゃなかった、女王陛下はアタシを捕らえるためにサルトビとグランを送り込んできたの……ああ、サルトビとグランってのはどっちもアタシと同じ王の手のメンバーよ。

 あの二人を相手にするだけならどうにかならないこともないんだけど、アタシをとっ捕まえに来たのは二人だけじゃなかった。なんと女王陛下御自らこのアタシを捕まえに来たのよ。ほんと、あのときはぶったまげたわ。小汚いガキどもを美しいお人形にしてやることのなにがそんなに頭にくるのかしらね?

 それはともかく、ヒス女様まで出てこられたんじゃアタシもトンズラするしかないわ。万が一の時のために作っておいたアタシ自身を模した人形を替え玉に使って、なんとか逃げ延びたってわけ」


「グロバストン王国の女王はそんなに強いんですの?」

 ヒルデが聞いた。


「……あの女はバケモノよ」

 クルツの言葉にそれまでの軽薄さはなかった。


「それはそれは……楽しみですわね」

 紅蓮の聖女の瞳の奥で炎が燃えていた。


「あらあら、ずいぶんイキがいいのを連れてるじゃない」

 赤髪の少女が発している魔力を見たクルツが言った。


「王国から逃げた後はどうしたのかな?」

 グレースが聞いた。


「そこから先はホントに退屈な話よ。王国には居場所がないし、帝国に逃げ込んでも見つかれば王国に引き渡される可能性が高い。陛下がブチ切れてたからね。

 となれば、行き先はひとつしかない。幸いあのデブは王国のことを知りたがってたし、節度を守ってやる分にはアタシの創作活動にも文句は言わなかったわ」


「あたしらデブの伯爵様と戦争すんだけど、それでもいいの?」

 ベリットが聞いた。


「アタシも多少の恩義は感じてるんだけど……アルヴァンちゃんがイイオトコ過ぎるのよねえ……」

 クルツは熱のこもった目で自分を誘いに来た銀髪の青年を見つめた。


「そう思うのならば私から離れてくれないか?」

 延々となで回されているエイドレスが言った。


「アタシって欲張りなの」


 クルツの言葉にエイドレスは苦い顔をした。




 今やペリンのものとなった屋敷にはペリンに味方することを決めたワイルドヘッジの領主達が集まっていた。


「ペリン殿、お目にかかれて光栄です。私はクルツ・ガーダループ。アルヴァンの同志です」


 グレースから紹介されたクルツの態度は丁寧でありながらも力強さを感じさせるものだった。


「お前の活躍に期待している」


 ペリンの返事は形式的だった。彼がクルツに興味を持っていないことは誰の目にも明らかだったが、クルツは頭を下げ、忠実な部下の役を演じ抜いた。


「準備は整った。我々はグレイマロー平原に陣を張り、フェイラム伯爵を迎え撃つ。諸君、これは戦争だ。悪辣な暴君を討ち、我らは尊厳を取り戻すのだ!」


 ペリンの言葉に集まった領主達から歓声が上がった。


 領主達の反応を見て満足げにうなずくペリンの顔は赤かった。戦を前に興奮しているのもあったが、それ以上に酒の影響が大きかった。

 もちろん臭いのしない酒を選んだ。


 勘づかれる恐れはない。


 ペリンはそう思っていた。

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