第88話 バラして遊ぼ

「それで?」

「『それで』とは?」

 フェイラム伯爵が長女アウローラに聞き返した。

「それで、あたしたちに喧嘩を売ってきたっていう奴はどこにいるのよ?」

 アウローラが改めて父親に聞いた。

「知らん」

「はあ?」


「奴らの居場所は知らん。俺がベリットを仕留めようとした後、奴らは通信機を壊しやがったからな。今となってはどこにいるのか見当がつかん」

「堂々と言ってんじゃないわよ! それじゃ手の打ちようがないじゃない!」

 フェイラム伯爵の無責任な言葉にアウローラは激高した。

「そうかっかすんなよアウローラ、それともなにか、おまえ、『あの日』か?」

 にやにやと笑いながらフェイラム伯爵が言った。

「娘に向かってなんてこと言うんだい!」

 怒りと羞恥に震えるアウローラが席を立って父親に襲いかかるよりも速くイゾルデが夫の頬をつねった。

「痛え! 痛えよ! 母ちゃん!」

「痛くしてるんだから当たり前だよ! ほら、アウローラに謝りな!」

「わかった、わかったから離してくれ!」

 伯爵の懇願に答えてイゾルデは手を離した。


「アウローラ、その、なんだ……」

 解放された伯爵はつねられて赤くなった頬をさすりながら口を開いた。

「なによ」

 無神経な言葉をぶつけられたアウローラが父親をにらみつける。

「……おまえにもちゃんと生理が来てるんだな。安心したぜ」

 伯爵の言葉にアウローラはぽかんと口を開けた。

「いやー、おまえっていつまでたっても子供見てえな体型だからよ、そっちの方が来てねえのかと思って心配してたんだ」


 最初の衝撃は過ぎ去り、アウローラの体には怒りが満ちてゆく。

「でもまあ、俺の言葉にああいう風に反応するってことはつまり『そういうこと』なんだろ?」

 笑顔でそう問いかける伯爵にアウローラもまた笑みを返した。

「そうね。父さんにはあたしがどれだけ成長したかを教えてあげるわ……このオロチでね!」

 アウローラは愛剣オロチを抜くと、憎き敵に躍りかかった。

「その首取ってやるわ!」

 アウローラのオロチが長剣の形態から刀身を分割し、多節形態に変形する。変形した剣は蛇のように獲物に襲いかかった。


「姉さん、落ち着いて!」

 エルウィンが怒りに震える姉を止めにかかる。

「これはまずいな」

 ルドリックもエルウィンに加勢する。

「やりすぎですよ父上」

 ブレンダンはフェイラム伯爵を守りに入った。

 アウローラによって解き放たれたオロチは縦横無尽に宴席を駆け回り、イゾルデが丹精込めて作った料理を粉砕していった。


「悪かった。悪かったって、アウローラ!」

 ブレンダンに抱えられてオロチから逃げ回りながらフェイラム伯爵が娘を説得する。

「もう遅い!」

 父の謝罪にも聞く耳持たずにアウローラは鋼の蛇を操る。

「あんたたち! いいかげんにしな!」

 戦場と化した宴席でイゾルデの怒声が響き渡った。

 イゾルデの声の迫力はすさまじく、怒り狂っていたアウローラも我に返った。


「お母様……」

「アウローラ、この人がどうしようもなく馬鹿なことを言ったのは確かさ。でもね、いくらなんでもこれはやりすぎだよ」

「はい、すみませんでした」

 アウローラは頭を垂れると、オロチを剣の形態に戻し、鞘に収めた。

「うんうん、女は素直なのが一番だぜ」

 ブレンダンに抱えられたフェイラム伯爵が言った。

「ブレンダン」

 イゾルデが声をかける。

「仰せのままに」

 ブレンダンは父親から手を離した。丸々と太った伯爵の体が無様に落下した。

「痛えな、おい! もっと丁寧にあつか……」

 長男に文句を言ってやろうとしたところで、伯爵は強烈な殺気が向けられていることに気づいた。


「あんた」

 殺気の源から声がした。

 伯爵が振り返ると、そこにいたのは怒りに燃える妻だった。

「……ああ、うん……一番悪いのは俺だよな……」

 フェイラム伯爵は妻からのお仕置きを甘んじて受け入れた。



「話を元に戻すが……いいか?」

 ぐちゃぐちゃになった部屋を片付け終えたルドリックが聞いた。

 一同は恐る恐るアウローラを見た。

「……いいわよ。そうしないと集まった意味がないでしょ」

 アウローラがうなずく。

「つまり、我々には敵がいるが相手がどこの誰で、どれほどの力を持っているのか見当がつかないという訳だ」

 ルドリックが言った。

「馬鹿げた状況ね」

 アウローラが冷たい目で父親を見る。

「……面目ない」

 イゾルデからの念入りな折檻を受けた伯爵は素直にわびた。


「ローゼンプールに行ってみるのはどうかな?」

 エルウィンが意見を出した。

「確かにベリットの奴はローゼンプールから通信を送ってきた。だがそれは何日か前のことだ。やつらだっていつまでも同じ場所にとどまっちゃいねえだろう」

 フェイラム伯爵が言った。

「ベリット・ブロンダムと接触したのであれば敵の狙いはやはり機動鎧かな?」

 ブレンダンが言った。


「普通に考えりゃそうでしょうね。小娘に作らせるつもりかね?」

 イゾルデが言った。

「あるいはローゼンプールを巻き込んでいるのかもしれん」

 ルドリックが言った。

「そのあたりの探りを入れるために領主のゲルダ・ハーマンに連絡を取ってみたんだが、返事はまだ来てねえ。この程度の遅れは異常がなくても普通に起きることだが……」

 フェイラム伯爵が言った。


「こちらからローゼンプールに兵を送ったとして、もし何の異常もなかった場合、面倒なことになるかもね」

 アウローラが面白くもなさそうに言った。

「ゲルダの奴もめんどくせえ女だからな」

 伯爵の言葉にアウローラとイゾルデが眉をひそめた。

「だが、もしも敵がローゼンプールを制圧しているのであれば大変なことになる」

 ブレンダンが言った。


「それに関しちゃ心配なさそうだよ。小娘からの通信の後でローゼンプールに密偵を送り込んだんだけど、研究所で火事があったこと以外は街の様子の変化はないそうだ」

 イゾルデが言った。

「となると、問題は敵がゲルダ・ハーマンと手を組んでいるのか、それとも独立して動いているのか、か……」

 ルドリックが言った。

「手を組んでいる線はないな。ベリットが機動鎧の真の開発者だってことはゲルダには伏せてある。あいつが秘密を明かしてゲルダと組むとは思えん」

 フェイラム伯爵が言った。


「なるほど。であればローゼンプールは放っておいてもいいか」

 ブレンダンが言った。

「おそらくあの小僧はベリットの奴をたぶらかしてローゼンプールから連れ出したんだろう。そして、自分の元で機動鎧を作らせるって魂胆なんだろうな」

 フェイラム伯爵が言った。

「機動鎧の材料は特殊なものが多いから、材料の取引を追いかければ敵に近づけるんじゃないかな?」

 エルウィンが言った。

「エルウィンの言うとおりだな。親父、その方針でいくか?」

 ルドリックがフェイラム伯爵に目をやる。

「決まりだな。密偵を放って金属類を大量に取引してる輩を追うことにするぞ」

 フェイラム伯爵が言った。



「とまあ、フェイラム伯爵はこんな風に考えているだろうね」

 ローゼンプールの元領主ゲルダの屋敷に集まった一同に向かって、一通り持論を展開するとグレースは一息ついた。

「筋は通っているな」

 エイドレスがうなずく。

「なるほど、それでわざわざ密偵を捕らえたのか」

 感心した様子でジェイウォンが言った。

「それに関してはヒルデ君のお手柄だね」

「ふふん、アルヴァン様の魔力をまとっていない人間を探すのなんて簡単ですわ」

 得意気な顔でヒルデが言った。

 ローゼンプールの住人たちはアルヴァンの催眠魔術をかけられた影響で少しだけアルヴァンと同じ魔力を有している。しかし、影響を受けていないフェイラム伯爵の密偵は別だ。ヒルデは広いローゼンプールの中でアルヴァンの魔力を持っていない人間を易々と発見して見せた。


「それで密偵を使ってフェイラム伯爵に偽の情報を送らせたというわけか」

 ジェイウォンが言った。

「あの人は割と素直に協力してくれましたね」

 懐かしむようにアルヴァンが言った。

「最後はばっちり魔石になってくれたしな」

 満足そうにベリットが言った。


「とまあそういうわけでフェイラム伯爵はローゼンプールは放っておいて、機動鎧の材料である金属を大量に買い付けようとしている人間を探すはずだ」

 グレースが言った。

「あたしらがローゼンプールにある材料でせっせと機動鎧を生産してるとも知らずにね」

 ベリットがにやりと笑う。

「それにしてもみんなよく働くよね。あれ大丈夫なの?」

「ローゼンプールの住人たちにはヒルデ君の薬を飲ませているからね」

 グレースがベリットの疑問に答えた。

「へー……」

 ベリットは興味深そうにヒルデを見つめた。

「あら? もしかしてわたくしにみとれましたの?」

 ヒルデはポーズを取ってベリットを見返した。


「……黙ってさえいればそこそこなのになあ……」

「そこそこ! それも黙っていればですって!」

 ベリットからの品評にヒルデは怒りをあらわにした。

「そういえばそろそろ次の薬が到着するんじゃないかな?」

 口論を繰り広げるヒルデとベリットから目をそらしながらグレースが言った。

「そうだな。ローネンが知らせてくれるはずだが……来たようだな」

 エイドレスが窓の外に目をやると一羽のフクロウが屋敷に向かって飛んできた。


「グレース様、例の薬、三箱分届きましたのう」

 グレースの腕に止まったローネンが報告した。

「ご苦労様」

 グレースは労をねぎらった。

「…………しゃべった」

 ヒルデとの取っ組み合いのさなかに聞こえたその声にベリットは思わず手を止めた。

「隙ありですわ! わたくしの必殺右ストレートを……」

「ヒルデ、ストップストップ」

 動きを止めたベリットめがけて渾身の右をたたき込もうとするヒルデをアルヴァンが押さえ込んだ。

「ぐぬぬぬ……」

 うなるヒルデには目もくれずにベリットはグレースの腕に止まったフクロウに向かって歩いた。

「な、なんですかのう……」

 ローネンは自分を見据える少女を不安そうに見た。

「しゃ、シャベッタアアアアアア!」

 ベリットが驚きの声を上げる。


「ああ、そういえばベリット君にはまだローネンを紹介してなかったね」

 思い出したようにグレースが言った。

「コホン、私の名はローネン、見ての通りのフクロウで……」

 自己紹介をしようとしたローネンだったがベリットの両手によってがっしりと捕まえられた。


「よし、分解しよう」

 グレースの腕からローネンを奪ったベリットが宣言した。

「ちょ、待って! なんで! なんでですかのう!」

 恐ろしいことを言い出したベリットから逃れるべくローネンが暴れる。

「なんでって、面白そうだからに決まってるじゃん。大丈夫だよ、ばらした後はちゃんと元通りに組み立てるから。あたしそういうの得意なんだよ」

 にっこりと笑ってベリットが言った。

「バラして組み立てるですと! あなたは何を言っとるんですかのう!」

 必死の形相でローネンが叫ぶ。


「ベリット君だったらきちんと組み立てられそうだね」

 グレースが言った。

「グレース様まで何を言っとるんですかのう!」

 主君の裏切りにローネンが悲痛な声を上げる。

「……やれやれ、アルヴァン、ベリットを止めるぞ。あれは目が本気だ」

 エイドレスがかぶりを振った。

 アルヴァンとエイドレスは苦労してベリットの魔の手からローネンを救い出した。

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