第83話 親として

――おまえ、今度はこの都市を破壊するのか?


 簒奪する刃からフィーバルが静かに問いかけた。

「そうだね。君はあまり乗り気じゃないのかな?」


――ははっ、何言ってやがる。俺様は破壊の魔神フィーバルだぞ。ぶっ壊すことこそが俺の存在意義だ。


「そう、それならいいんだけどね……」


――何か言いたいことでもあるのか?


「そういえば君自身のことは全然聞いていなかったと思ってね」


――俺自身のことだと?


「たとえばさ、君はいったいどこから来たの? なんでその剣に封じられているの?」


――そんなこと……。


 フィーバルが言葉に詰まる。

「まあ、このままでもいいよ。しばらくの間はね」

 アルヴァンはそれだけ伝えると、空き部屋の扉を開けて格納庫の通路に出た。

「アルヴァンさん、任務完了ですよ!」

 アルヴァンが出てくるのを待ち構えていたかのようにコルビンが現れた。

「お疲れ様です。じゃあ、グレースさんたちと合流しましょうか」

「ええ、行きましょう」

 二人は機動鎧の保管場所に向かった。



「これが機動鎧……」

 機動鎧の巨体を見上げながらグレースがつぶやいた。

 グレースの目の前には機動鎧が整然と並んでいた。

「こいつらがあたしの子供たちってわけ。どう、すごいでしょ」

 ベリットが得意気に言った。

「ああ、これはいいね」

 グレースは機動鎧に見入っていた。基本的には全身鎧を身につけた騎士を大型化したような外見である。全高はグレースの身長の二倍強といったところだ。だが、グレースにはこれがただの巨大な騎士ではないことが感じ取れた。

「すごくいい」

 グレースは機動鎧の装甲を撫でながらつぶやいた。


「なんか気に入ったみたいだね。ちょっと動かしてみる?」

 グレースの様子を見ていたベリットが提案した。

「いいのかい?」

「操縦の仕方はあたしが教えるよ。あんたは物覚えが良さそうだし、すぐに使いこなせるんじゃないかな」

「機動鎧の開発者に教えてもらえるなんて心強いね」

「あれ? あたしが機動鎧を作ったって話あんたにしたっけ?」

「君を見ていればなんとなくわかるよ」

 戸惑うベリットを見てグレースは笑った。

「アルヴァンといい、あんたといい、直感に頼りすぎじゃね?」

「ボクとアルヴァン君は似てるからね」

「あ、あたしだってアルヴァンから似てるって言われたもん!」

「ははは、そうムキにならないで欲しいな」

「おのれ、今に見てろよ……」

 余裕の笑みを浮かべるグレースをベリットはにらみつけた。


「それはそれとして、操縦の方を教えてもらえるかな?」

「あいよ、任せといて」

 ベリットが機動鎧の右足の装甲に手を触れると、装甲が開き、内部の機構がむき出しになった。

「ここをこうしてっと……」

 ベリットが機動鎧の内部に手を突っ込む。すると機動鎧が独りでに動き出し、背中を曲げて片膝をついた姿勢になった。さらに、背中の装甲が開き、搭乗席が現れた。

「よくこんなものを作ったね」

 感嘆したグレースがつぶやいた。

「いやいや、驚くのは乗ってからにしてよ」

 ベリットがにやりと笑う。


 グレースはベリットから操縦方法の説明を受けると、機動鎧によじ登り、内部に乗り込んだ。

 背中の装甲が閉まり、機動鎧が立ち上がる。

「おーい、聞こえてるー?」

 ベリットが呼びかけた。

「聞こえているよ。正直言って乗り心地はあまり良くないけど……これは面白いね」

 機動鎧に備え付けられたスピーカーからグレースの声がした。


「うおっ、なんか動いてる!」

 グレースの声を聞きつけたコルビンが現れた。

「ああ、コルビン君か。警備兵は片付けてくれたみたいだね。ご苦労様」

 グレースが乗った機動鎧がコルビンの方を向いた。

「え? あれ、グレースさんが乗ってるんですか?」

「そうそう、あいつ物覚えがいいからさ」

 ベリットが答えた。

「へえ、これが機動鎧か」

 いつの間にかベリットの隣に立っていたアルヴァンがつぶやいた。

「うわっ! びっくりした!」

 ベリットが飛び上がる。

「じゃあ、僕らは手はず通りに機動鎧を運びだそうか」

 アルヴァンが言った。

「お、おう、単純に移動させるだけなら自動操縦でいけるから、コルビンとアルヴァンはあたしの指示に従って機動鎧を起動してくれ」

「俺もこれに乗れるんですか!」

 コルビンが期待に満ちた目でベリットを見た。


「いや、あんたは単にスイッチを入れるだけ。なんか不器用そうだし」

「えー」

「ほれ、つべこべ言わずにさっさとやる」

「わかりましたよ」

 コルビンは不満そうだったがベリットの指示には従った。

 アルヴァンとコルビンはベリットの指示通りに機動鎧を起動していく。

「そういえば、師匠たちの方はどうなりましたかね?」

 ふと思い出したようにコルビンが言った。

「上手くいかなかったみたいですよ」

 アルヴァンが答えた。

「へ? 連絡でもあったんですか?」

 コルビンは不思議そうにアルヴァンを見た。

「いや、近づいてくるのが三人だけなので」

 アルヴァンの答えにコルビンはますます不思議そうな顔をしたが、すぐに足音が聞こえてきた。

「そっちは順調そうだな」

 走ってきたジェイウォンがあごひげを撫でながら機動鎧を見上げた。

「師匠!」


「すまんなアルヴァン、こちらは博士の確保に失敗してしまった」

 続いて現れたエイドレスがアルヴァンにわびた。

「ああ、それに関しては心配しなくても大丈夫ですよ」

「……どうも状況が変わったらしいな」

 余裕のあるアルヴァンを見てエイドレスが何かを察した。

「それはそうと、ヒルデはどうかしたんですか?」

 格納庫の壁に隠れてこちらを伺っている赤髪の少女を見ながらアルヴァンが聞いた。

「……ちょっと待っていろ」

 エイドレスはのしのしとヒルデに向かって歩いて行くと、逃げようとする彼女の首根っこを捕まえて、アルヴァンの元に連れてきた。

「あ、あはは、アルヴァンさ、へくちゅん、わたくしは、へくちゅん」

「…………」

 笑いながらくしゃみをするヒルデを見たアルヴァンは説明を求めてエイドレスに視線を送った。

「博士を確保しようとしたときに特殊なガスを撒かれてしまってな、バルドヒルデはそれを吸い込んだんだ」

「僕の剣でなんとかできますかね?」

「どうかな……難しいと思うが……」

 アルヴァンとエイドレスは考え込んだ。


「アルヴァン、そいつらいったい何なんだ?」

 笑い転げながらくしゃみを連発する赤髪の少女と灰色の狼の獣人を見たベリットが聞いた。

「ああ、ヒルデのことはともかく、いろいろと報告しておかないといけないね」

 アルヴァンはエイドレスたちに現在の状況をかいつまんで説明し、エイドレスとジェイウォンも博士の確保に失敗したことを改めて説明した。

「つまり、へくちゅん、その娘はブロンダム博士の助手で、へくちゅん、機動鎧の操作方法を、へくちゅん、知ってますのね」

「……おまえはしばらく口を挟まなくていいぞ」

 くしゃみ混じりに状況を確認するヒルデにエイドレスが言った。

「ほっほ、人生何があるかわからんのう……」

 ジェイウォンはベリットを手に入れた偶然を喜んだ。

「……アルヴァン、今後のことなんだがな……」

 ベリットと話しているコルビンに目を向けながらジェイウォンがささやく。

「心配には及びませんよ」

「ふむ、やはりおまえさんと組んで正解だったようじゃな」

 ジェイウォンは満足そうにうなずいた。

「ゲルダ・ハーマンとブロンダム博士はおそらくボクらを追って格納庫にやってくるだろうね」

 機動鎧に乗ったグレースが言った。

「だろうね。まだ来てないってことはあのババアの屋敷から機動鎧を持ってくるつもりなんだと思うよ」

 アメをなめながらベリットが言った。

「奴らは私たちがベリットと手を組んでいることを知らない。その点は大いに役に立ちそうだな」

 鋭い牙を見せて笑いながらエイドレスが言った。



「ゲルダ様、出撃準備整いました」

 ゲルダの護衛隊長が報告した。瀟洒なゲルダの屋敷の前庭には五体の機動鎧が鎮座していた。

「よし、後は周辺住民の避難だな……」

「ゲルダ様、私も行かせてください! 私も機動鎧の操縦はできます!」

 機動鎧の整備をおえたブロンダム博士がゲルダに懇願した。

「本気か?」

 ゲルダは冷たい目でブロンダム博士を見た。

「私は親としてベリットの暴走を止めなくてはならないんです」

 断固たる決意を持ってブロンダム博士はゲルダを見返した。

「……仕方ない。現状、猫の手でも借りたいところだしな」

「ありがとうございます」

 ブロンダム博士は深々と頭を下げた。

「礼を言うような場面ではないぞ。我々は死地に向かっているのかもしれんのだからな」

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