第51話 魂の管理者
海に夕日が落ちる頃、石でできた大きな橋を渡ると三つの尖塔を備えた真っ白の城が見えてきた。
「あれがライムホーンの領主の城だね」
城の方を見ながらグレースが言った。
「大きいですわねー」
感心した様子でヒルデが言った。
「相変わらずの威容ですなあ」
ローネンが低空を飛びながら言った。
「来たことがあるんですか?」
アルヴァンが聞いた。
「ええ。ライムホーンの領主とは交流がありましたからのう。ただ、私の知っている領主は亡くなって、その息子が後を継いだはずですのう」
アルヴァンの肩に止まってローネンが答えた。
「現領主はエイドレス・ライムホーンだね。代々続く人狼の家系だそうだよ」
グレースがアルヴァンの隣に来て言った。
「気になっていたんですけど獣人の人たちがどの動物の因子を受け継ぐかはどういう風に決まるんですか?」
アルヴァンが聞いた。
「一部の例外を除いてどの因子を受け継ぐのかはランダムなんだそうですのう」
ローネンが答えた。
「両親が何の獣人であるかは関係ないってことかな」
「そういうことですのう。犬の獣人と猫の獣人が子供を作ったとしても生まれるのは犬、猫どちらの獣人でもない場合もありますのう」
「でも例外もあるんですよね」
「そう。それが領主ライムホーン家だね。あの家系だけは代々男しか生まれず、しかも妻の持つ因子に関係なく全員が狼の因子を持って生まれてくるんだ。それが高貴な血筋だと見なされて領主になったって言い伝えがあるね」
「なるほど」
アルヴァンがうなずく。
「……わたくしも気になっていたんですけれど……」
おずおずとヒルデが口を開く。
「何でしょうかのう?」
ローネンが首をかしげる。
ヒルデは周囲の様子をうかがい、自分たちの会話に関心を向けている者がいないのを確認するとささやくような声で切り出した。
「獣人ってどうして生まれたんですの?」
ヒルデの疑問にローネンとグレースは顔を見合わせた。
「ええと、それはですな……」
ローネンが言いよどんだ。
「いろいろな説があるね。太古の昔に人と獣が交わっただとか、古の強力な魔術師による呪いだとか、魂の管理者のミスだとかね」
グレースが答えた。
「さすがによくご存じですな」
感心した様子でローネンが言った。
「勉強する時間はたくさんあったからね」
グレースが笑う。
「魂の管理者?」
アルヴァンとヒルデがそろって首をかしげた。
「ああ、初めて聞く言葉だったかな? この世界の成り立ちの考え方の一つでね、人が死ぬとその魂は魂の管理者たちのもとに送られる。そして、管理者に認められた優秀な魂は管理者の手元に置かれて、管理者の寵愛を受ける。一方、それほど優秀ではない魂は生まれ変わってもう一度この世界で生きることになるって寸法さ」
「独創的な考え方ですわね」
ヒルデが感想を漏らす。
「ヒルデ君がいた教会の人たちもおおっぴらには認めないだろうね。でも、これが最も有力な説らしいよ」
「そうなんですか?」
アルヴァンが聞いた。
「そうなんだよ。何せ王国や帝国の最高の魔術師は魂の管理者と接触できるそうだからね」
グレースの言葉にヒルデが目を見開く。
「魂の管理者とやらは実在するんですの?」
元帝国軍所属の魔術師であるローネンを見た。
「私の腕では管理者を呼び出すなどというのは到底不可能ですが、最上位の魔術師たちは確かにそんなことができますのう。まあ、一部の人間の間での公然の秘密というやつですのう」
ローネンが答えた。
「そうだったんですのね」
「面白い話を聞かせてもらったね」
ヒルデとアルヴァンが言った。
――けっ……面白くもねえ話だ……
アルヴァンの頭の中に声が響いた。
――そうかな。面白そうじゃない?
フィーバルにだけ答えた。
――どこがだ。
――この世界を壊し尽くしてもまだ壊せるものがあるんだから。
――はっ……今度は管理者を殺しに……
そこまで言ったところで突然フィーバルの声の調子が変わる。
――いや、それはダメだ……なぜだ、楽しいだろう? そんなことがあってはならない! そんなことが起きれば……世界が……世界が?
――どうかしたかな?
様子がおかしくなったフィーバルに聞いた。
――な、なんでもねえ。わた、俺様は……少し寝るぜ……
――そう……お休み。
フィーバルにそう伝えると、アルヴァンは城への道を歩き続けた。
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