第48話 反旗

「いったいどこへ行くんだい? こっちは工房の方角じゃないだろう」

 走るエリンを追いながらグレースが言った。

「え? そうなんですの?」

 ヒルデが言った。


――オメエはほんとどうしようもねえな。


 フィーバルがため息をつく。

「工房へ行くんだったらさっきの曲がり角は左に曲がらないとね」

「ですな」

 アルヴァンが言い、飛んで追いかけているローネンが同意した。

「…………」

 ヒルデは何も言わずにただすがるような目をアルヴァンに向けた。

「大丈夫だよ。僕がついているからね」

 アルヴァンが励ますとヒルデはぱっと笑顔を見せた。


「こ、こっちです……」

 先頭を行くエリンが振り返りながら言った。

「どうも人気のない方向に誘導されているね」

 周囲の様子を見ながらグレースが言った。

「僕らをどうにかできるつもりでいるのかな?」

 アルヴァンが言った。

「どうでしょうな。我々に何かを仕掛ける動機があるとは思いませんがのう」

 ローネンが首をかしげる。

「まあ、行ってみればわかりますわ」

 ヒルデの言葉にみんながうなずいた。




「なんであなたがここにいますの!」

 人目につかない森の中に案内された面々が見たのは猫の獣人、シグルの姿だった。

「やあ、どうも」

 大きな目をらんらんと輝かせたシグルが笑顔で言った。

「エリン君、これはどういうことかな?」

 案内してくれた狐耳の少女の方を見ながらグレースが言った。


「わ、わたしは彼に協力しているんです……」

 エリンが言った。

「まさか、弱みを握られていますの!」

 ヒルデがシグルをにらむ。

「おいおい、誤解すんなよ、ねえちゃん」

 シグルはそう言うと手を振ってエリンに説明を促した。


「わ、わたしは自分の意思でシグルさんに協力しています……」

 エリンがはっきりと言った。

「嘘は言っていないみたいだね」

 エリンを観察していたアルヴァンが言った。

「じゃあ、ビョルクさんも脅されてはいなかったんですのね」

 ヒルデが安堵の表情を浮かべる。


「いや、ビョルクのおっさんは俺に脅されてるぜ」

 にやりと笑ってシグルが言った。

「どういうことかな?」

 グレースがエリンに聞く。

「わ、わたしとシグルさんはり、利害が一致しているんです」

 エリンが答えた。

「君はおじいさんを脅す相手と結託するようなタイプには見えないんだけどねえ……」

 グレースが改めてエリンを見る。


「その辺については俺が話そうか」

 シグルが一歩前に出た。

「俺とエリンには共通の敵がいるんだよ」

「誰のことなんです?」

 アルヴァンがシグルに聞いた。

「ドラゴンさ」

 シグルが答えた。

「この都市を統治しているというドラゴンのことかい?」

 グレースが言った。


「その通り。俺たちの敵はドラゴン、ヴァーグエヘルだ」

「なぜドラゴンを敵視していますの?」

 ヒルデが聞いた。

「正確に言うと俺たちにとって邪魔なのはヴァーグエヘルそのものと言うよりは『竜の戒律』だな」

「ドラゴンが定めた法のことかい? となると、君は……」

「お? 詳しいやつがいるじゃねえか。ご察しの通り、俺は戒律を破ってこのライムホーンを追放されたはぐれ者さ」

 シグルは興味深そうにグレースを見ながら言った。


「追放されたという割には堂々としていますわね」

 皮肉を込めてヒルデが言った。

「まあ、はぐれ者にも歴史があってな、抜け道だの協力者だのがいろいろいるんだよ」

 得意げに笑いながらシグルが言った。

「でも、あなたはともかくエリンさんやビョルクさんははぐれ者じゃないでしょう?」

 アルヴァンが聞いた。


「そう。問題はそこなのさ。確かにビョルクもエリンもはぐれ者じゃあねえ……今のところはな」

 シグルがエリンを見ながら言った。

「隠れて戒律を破っているってことかい?」

 グレースが聞いた。

「わ、わたしのお爺ちゃんは本当はお爺ちゃんじゃありません……本当はお父さんなんです……」

 エリンの言葉にアルヴァンたちは顔を見合わせた。


「ビョルクは自分の息子と息子の嫁の三人で暮らしてたんだがな、事故で息子は死んじまった。そして、ある日、息子の嫁と関係を持ったんだ。それで生まれたのがそこのエリンって訳だ」

 シグルがエリンの言葉を補足した。

「確かなことなんですの?」

 ヒルデは疑わしげにエリンを見た。


「ほ、本当です! お母さんが病気で倒れて死んじゃう前に私に本当のことを教えてくれたんです!」

 とっさに大きな声が出てしまったエリンはそのことを恥じるようにうつむいた。

「なるほど、そうか……それで、このことは当然……」

 グレースが同意を求めてシグルに目を向ける。

「戒律に違反してるな。ばれちまえばビョルクもエリンもはぐれ者の仲間入りさ」

 シグルが答えた。

「つながりがよく見えないのですが、あなたはなぜこの男に協力していますの?」

 ヒルデがエリンに聞いた。


「わ、わたしはこのことを知ったとき、とても驚きました。でも、思い当たる節もあったんです。お爺ちゃん、いいえ、お父さんが私を見るときにときどきすごく苦しそうな顔をするんです。私はお父さんが大好きです。だから、お父さんには堂々と私のことを娘として扱ってほしい。それが許されないというなら……戒律なんていらない……!」

 瞳に強い決意の色を浮かべてエリンが言い放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る