第49話 共犯者

「で、この娘はその秘密を抱えてはぐれ者のリーダーである俺の元にやってきて協力させてくれなんて言い出したわけだ」

 シグルがエリンの肩に手を乗せてそう言った。

「つまり、エリン君は出生の秘密を提供してシグル君がビョルクさんを脅すことに協力してるって訳なのかな?」

 グレースが聞くと、二人はそろってうなずいた。


「いったいなぜ、そうまでしてビョルクさんを従わせる必要がありますの?」

 ヒルデが疑問を口にした。

「狙いはビョルクのおっさんじゃなくておっさんが持つ領主とのパイプだ」

 シグルが答えた。


「ビョルクのおっさんの一族は代々工房をやっててな、腕前はこの都市でも随一だ」

「すごく良い品物ですよね」

 ヒルデの髪飾りを見ながらアルヴァンが言った。

「そ、そんな風に見つめられると照れますわ……」

 ヒルデが身をよじる。


「……アルヴァン君、僕にも何かアクセサリーを買ってくれないかな?」

 グレースがアルヴァンにすり寄りながら言った。

「いいですよ。何を買いましょうか?」

 アルヴァンはあっさりと同意した。


「なっ……!」


 ヒルデがこの上ない驚きの表情を浮かべる。

「そうだね。指輪なんかどうかな?」

 グレースはにやりと笑って言った。

「じゃあ、それで――」

「ダメですわあああああああ!」

 グレースとアルヴァンの間にヒルデが割り込んだ。

「いいだろう、減るものじゃないんだし」

 グレースがわざとらしく唇をとがらせる。

「女狐め! 油断も隙もあったもんじゃありませんわ!」

 ヒルデがうなる。

「あ、熱い攻防ですね……」

 エリンは目を輝かせてアルヴァンたちのやりとりを見ていた。


「おい、そろそろ本題に戻すぞ」

 いらだった様子でシグルが言った。

「すみません。どうぞ」

 アルヴァンがわびた。

「ビョルクのおっさんはこのライムホーンの領主にも装飾品を納めてるんだ。しかも、今の領主とビョルクのおっさんは個人的に親しいときてる」

「領主と親しいと良いことがありますの?」

 ヒルデが聞いた。


「ああ。領主から聞き出せるかもしれないからな。神剣のありかを」

「神剣?」

 アルヴァンが聞いた。

「神剣……地上最強の種族であるドラゴンを殺すことができる剣のことさ」

「そんなものがありますの!」

 ヒルデが目を丸くする。

「太古の昔、人間から迫害されてこの島に流れ着いた獣人はこの島に住んでいたドラゴン、ヴァーグエヘルと取引をした。獣人たちがドラゴンが定めた戒律を守るかわりに人間たちから守ってほしいとな。そうしてできたのがこのライムホーンだ。だが、大昔の獣人たちも不安だったんだろうな。ドラゴンが暴走しちまったときに備えて保険をかけておいたんだ」

「それが、神剣」

 アルヴァンが言った。


「そういうことだな。そして、言い伝えによれば神剣は代々ライムホーンの領主が受け継ぐことになっている」

「わ、私たちは神剣を手に入れてヴァーグエヘルを討ち、『竜の戒律』を無効にするために動いています」

 シグルの言葉をエリンが引き継いだ。

「それで、パインデールの領主であるボクにも協力してほしいって訳かな……何かボクらに見返りはあるのかな?」

 グレースが言った。


「俺たちがドラゴンを倒せば間違いなくライムホーンの領主は俺になる。パインデールとは今よりも良い条件で取引してやれるぜ」

「この事を今のライムホーンの領主に伝えて恩を売った方がボクらにとって得じゃないかな?」

 意地の悪い笑みを浮かべながらグレースが聞いた。


「慌てんなよ。これは取引のポジティブな面の話さ」

 シグルもまたグレースと同種の笑みを浮かべる。

「ネガティブな面の内容は?」

 グレースが聞いた。

「あんたが投獄された本当の理由をライムホーンの領主に黙っててやる」

「そうきたか……」

 グレースがわざとらしく頭を抱えた。


「君はローゼンプールに接点があるのかな?」

「大当たりさ」

 にっこり笑ってシグルが言った。

「参ったね。こんなところで真相を知っている人に出会うとは……」

 グレースが肩をすくめる。

「ローゼンプールというのはそこの女狐さんが戦争を引き起こすために領主の息子を殺したって言う都市のことですの?」

 ヒルデが聞いた。

「わ、私のことですか……」

 消え入りそうな声で狐耳の少女エリンが言った。


「あらあら、違いますわ。わたくしが言っているのは人の皮を被った狐のことですわ」

 ヒルデはにこにこと笑いながらエリンの誤解を解いた。

「そ、そうでしたか……」

 エリンがほっと胸をなで下ろす。

「グレースさんの件の真相を知っているとなると協力しないわけにいかないかな」

 アルヴァンが言った。

「物わかりがよくて助かるぜ」

 シグルが笑う。


「すまないね、アルヴァン君。ボクのせいで事態がややこしくなってしまって……」

 グレースが申し訳なさそうに目を伏せる。

「気にしないでください。僕らは共犯者ですから」

 アルヴァンがグレースを見て言った。

「共犯者か……いいね。ボクらの関係を表すのにぴったりの言葉だ」

 アルヴァンの言葉に、グレースは艶然とほほえんだ。

「ぬう……なにやら吐き気を催す気配が漂っていますわね」

 不快感をあらわにしながらヒルデが言った。


「気持ち悪いのならそっちの茂みに……」

 アルヴァンがちょうど良さそうな茂みを指さした。

「そういう意味ではありませんわ!」

「まあ、何はともあれ、ボクらは君たちに協力するよ。それでいいかな、シグル君」

 グレースが言った。

「交渉成立だな」

 シグルがにやりと笑った。

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