第39話 二人きりの夜

 パインデールは新しい領主の誕生に沸いた。屋台では酒が振る舞われ、人々は陽気に笑い、歌った。アルヴァンはそんな宴の様子を領主の館から眺めながらワインを傾けていた。


「そのワイン、ずいぶんと気に入ってくれたみたいだね」

 部屋に入ってきたグレースが言った。

「もう抜け出してきたんですか?」

「初めのうちはそれなりに楽しかったんだけどね、さすがに三日目にもなると飽きてくるよ。ガスリンの奴はまだまだ楽しむつもりみたいだけどついて行けないから置いてきてしまったよ」

 そう言ってグレースはアルヴァンの近くの長椅子に腰掛けた。

「ボクにももらえるかな?」

「どうぞ」

 アルヴァンはテーブルに置いたボトルを取り、グラスにワインを注いだ。


「ところでヒルデ君はどうしたのかな? 君といっしょだと思っていたんだけど」

 部屋の中を見回しても赤髪の少女がいないことに気づいたグレースが言った。

「ヒルデは屋台の食べ物を制覇するって言い出して十五件目でダウンしたので部屋に運んで休ませてます」

 グレースにグラスを手渡す。

「目に浮かぶよ」

 苦笑しながらグレースが言った。


「さて、何に乾杯しようかな?」

 グレースの言葉にアルヴァンは考え込んだ。

「ははっ、そんなに深刻に考えなくてもいいよ」

 アルヴァンの顔を見ながら楽しそうにグレースが笑う。

「そんなに変な顔してましたか?」

 アルヴァンが首をかしげる。

「まったく、おかしな人だよ君は。ある日突然現れて、この都市を乗っ取りたいなんて言い出して、三騎士を倒して……。そしてボクを救ってくれた」

 まっすぐにアルヴァンを見つめながらグレースが言った。


「僕がいなくてもあなたならなんとかなったんじゃないですか?」

「おやおや、こんな美少女を屈強な戦士のように言わないで欲しいね」

 少し不満そうにグレースが言った。

「あなたの美しさとあなたの強さには何も関係がないんじゃないかな」

 アルヴァンの言葉にグレースはぽかんと口を開けた。

「驚いたね。君から美しいなんて言ってもらえるとは」

「あなたは誰がみたって美しいと思いますが」

「いやいや、ボクにとって重要なのは君からどう見られてるかってことだよ」

「そうなんですか?」

「そうだよ」

 そう言ってグレースはアルヴァンに近寄ると彼の頬に手を添え、じっとその目を見た。


「好きな男に褒めてもらえるのはうれしいものさ」


 その言葉にアルヴァンが反応するよりも早く、グレースはアルヴァンに口づけた。


「これはそのお礼だよ」


 唇を離すとグレースが笑みを浮かべて言った。

「……そうそう、ヒルデ君には内緒にしておいてくれよ?」

 口に人差し指を当て、ぽかんとしているアルヴァンに向かって釘を刺しておく。

 アルヴァンはこくりと頷いた。

「いい子だ」

 グレースはアルヴァンの横に腰掛けると、彼の肩に頭を乗せた。


「うーん、思ってたほど反応がよくないね」

 少し不満そうにグレースが言った。

「そうなんですか?」

 不思議そうにアルヴァンが言った。

「まあ、そういうところは君らしいと言えば君らしいし、落とし甲斐があるともいえるか」

 ため息をつきながらグレースが言った。

「で、これからどうするんだい?」

「パインデールは掌握できたので、次は別の都市を狙おうかと思ってます」

「ボクが聞きたいのはそういう答えじゃないんだけどなあ」

 グレースは大きくため息をつく。

「ボクって割と魅力的だと思うんだけどね、君をみていると自信がなくなってくるよ」

「あなたは魅力的だと思いますよ」

「…………えい」

 グレースはアルヴァンの頭を指で小突いた。


「どうかしましたか?」

「何でもない。惚れた弱みを受け入れることに対する些細な抵抗だよ…………次の獲物の話がしたいならつきあおうじゃないか」

 グレースは立ち上がるとあごに手を当てながら部屋の中をぐるぐると歩き回りながら話し出した。


「ボクたちが表立って動き出すのはまだ早い」

「そうなんですか?」

 アルヴァンが首をかしげた。

「まあね。領主は排除したけどパインデールだって完全に掌握したわけではないし、よそと戦争ができるような状態じゃないよ……まあ、パインデールに関してはフィーバルくんの力も借りて支配を固めればいいから慌てることはない。今のところ僕らは不審をもたれたりはしていないしね」

「なるほど」

「大々的な攻勢を仕掛けることはできないから残る選択肢は今回のように手を回して裏から乗っ取るって手段くらいだね」

「また陰謀を仕掛けるんですか?」

「それはそれで楽しいとは思うんだけどパインデールのようにうまくいくとは限らないんだよね。ここではボクがガスリンと友達だったからスムーズにことが進んだけど他の都市にはガスリンほど親しい実力者の知り合いはいないからね」

「投獄されていた身ですからね」

 アルヴァンがうなずく。


「そういうことだね。となると、ボクらは支配しても問題にならないうえに支配することで大きな利益が得られる場所を狙うことになる」

「矛盾しているように聞こえますが」

「普通に考えればその通りだね。ところが、パインデールの領主であるボクにはひとつだけ心当たりがあるんだよ」

 グレースが得意げな笑みを浮かべる。

「アルヴァン君は運がいい。パインデールを支配することでしかその場所への道は開けないからね」

「そうですね。パインデールを狙ったのは正解でしたよ。あなたとも出会えましたし」

 屈託なくアルヴァンがいった。

 そんなアルヴァンを見てグレースは目を丸くした。


「…………えい」

再び指でアルヴァンの頭を小突く。

「僕、何かしましたか?」

 アルヴァンが聞いた。

「君は何というか……ずるいよね」

 少しだけ顔を赤くしてグレースがつぶやいた。

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