第38話 パインデールの再生

 その日、広場には黒山の人だかりができていた。集まった人々は、口々に領主グレゴールを非難し、腐敗していたグレゴールを告発したグレースをたたえていた。


「こりゃすげえな、この街にはこんなに人間がいやがったのか」

 領主の館の窓から広場の様子を見ながらガスリンがつぶやいた。

「なんだ、怖じ気づいたのか?」

 衛士隊長がからかうように言った。

「まさか。あんたこそ大丈夫なのか? 今日の主役だろう」

 ガスリンは処刑を担当する衛士隊長の方に目を向ける。

「もう手が震えているよ。だが、誇らしい気分でもあるんだ。つとめは果たすさ」

 衛士隊長の顔はこわばってはいたが、その目には決意の色があった。

「頼もしいねえ」

 ガスリンがにやりと笑う。

「ガスリン、お前には世話になったな」

「気にするなよ隊長。あんたこそ本当によくやってくれた」

 そう言いながら衛士隊長の肩に腕を回し、親しげに肩をたたいた。

「では、行ってくる」

 衛士隊長は壁に立てかけておいた大ぶりの両手剣を手に取るとしっかりとした足取りで部屋を出て行った。


 衛士隊長の足音が遠ざかったことを確認すると、ガスリンは大きく息をついた。

「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ」

 ガスリンの様子を見ていたアルヴァンが言った。

「しかしな……」

 ガスリンが言いよどんだ。

「あら? アルヴァン様の力を疑うというのですの?」

 ヒルデの声に剣呑な響きが混じる。


――俺様の力だ。勘違いすんな雌犬。


 不満そうにフィーバルが言った。

「べーですわ」

 ヒルデは簒奪する刃に向かって舌を出した。

「そういうわけじゃねえが、日陰者には日陰者の習性ってもんがあるんだよ。かつての仇敵から十年来の戦友みてえな扱いされるんだぜ、おまけにフクロウの件まであっさり受け入れちまうしよ。そう簡単には慣れねえよ」

 アルヴァンたちに向かってそう言うと、ガスリンは改めて広場を望む窓の方に向き直った。


「……そろそろ始まるみてえだな」

 ガスリンがつぶやくと、アルヴァンとヒルデも窓の方に歩み寄った。館全体が揺れているのではないかと錯覚してしまうような大歓声が広場の方から届いてきた。

「しかし、本当に大丈夫なんだろうな? グレゴールはその剣で斬ってねえんだろ? もしやばいことでも口走ったら……」

「あら、以外と心配性ですのね」

 ヒルデが笑った。

「てめえらみてえな化け物と違って俺は一般人だからな」

 ガスリンが鼻を鳴らす。

「アルヴァン様、わたくし化け物扱いされましたわ」

 ヒルデは大げさに嘆きながらアルヴァンにしなだれかかった。

「ヒルデも気にしてるみたいなんでそういう言い方はちょっと……」

 アルヴァンは穏やかにガスリンをたしなめた。

「っしゃあああですわ!」

 アルヴァンの配慮にヒルデが拳を握りしめる。

「お前らはお似合いだよ……」

 ガスリンはため息をつくしかなかった。




 グレゴールは簡素な服を着て、広場の中央に向かって歩いていた。その目にはもはやなにも写ってはいなかった。両脇を衛士に挟まれながら生気のない足取りで広場に備え付けられた処刑台に上る。衛士に跪くように促される。

 彼は素直に指示に従った。

 この後どうなるかはわかっている。自分の命が失われることは理解している。

 しかし、彼は抵抗しなかった。処刑用の両手剣を携えた衛士隊長が近づいてきた。

 

 グレースが彼の罪状を読み上げているのがひどく遠くに聞こえる。周囲を囲む人々があげる歓声や怒号も体を震わすほどのはずなのに囁き声のようにしか聞こえなかった。そのうち、ささやき声さえも聞こえなくなった。

 奇妙な静けさを滑稽に感じていると、広場に植えられた木の一つに大きな丸い目をしたフクロウの姿が見えた。目が合ったと思うとすぐにフクロウは飛び立った。フクロウが飛び立つ様を眺めていると誰かがふっと部屋の灯りを消したかのように彼の意識は闇に包まれた。

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