第23話 女の意地

「やっぱり納得がいきませんわ。アルヴァン様、今から女狐を狩りに行きましょう」

 宿の部屋に戻るとベッドに腰掛けたヒルデが不満げな顔で言った。

「駄目だよ。せっかく協力してくれるって言ってるんだから。そもそも、彼女と接触するのを提案したのはヒルデでしょ?」

 ヒルデの部屋に置かれた椅子に腰掛けながらアルヴァンが言った。


「それは……そうですが……。やはり許せませんわ。アルヴァン様を亡き者にしようなどと」

「まあ、殺されかけはしたけど」

「そうですわ。あの女、また裏切るやも知れません。やはり首を取っておくべきですわ」

 殺意と決意を胸にヒルデが勢いよく立ち上がる。


「裏切られはしないんじゃないかな」

 簒奪する刃の柄に手を掛けながらアルヴァンが言った。

「なんでそんなことがいえますの」

 不満げな表情を浮かべてアルヴァンの顔をのぞき込む。

「グレースさんも楽しそうだったからね」


「あ、あの女の肩を持つんですの……」


 アルヴァンの言葉にヒルデはへなへなと崩れ落ちた。

「そ、そうですわ。ナマクラ、あなたは斬った人間を操れるんでしたわね。今からあの女を斬りに行きなさい」

 なんとか気を取り直してヒルデが命じた。


――斬った奴を操れるのは確かだが、こいつは同意しねえだろうな。


 忍び笑いを漏らしながらフィーバルが答えた。


「な、なんですって……」


 ヒルデは驚きに目を見張り、アルヴァンを見た。

「そうだね。グレースさんを操るのは嫌だな」

 ヒルデは魂が抜けたような顔をした。


「そ、そんなに……あの女がいいんですの……」


 力のない言葉がヒルデの口から漏れた。

「あの人と組むのは楽しそうだよね」

 明日何をして遊ぼうかと考える子供のようにアルヴァンが言った。

「…………」

「ヒルデ?」

 目の前の少女が反応しないことに気づいたアルヴァンが声を掛ける。


「いっそ、いっそわたくしを斬ってくださいまし。そうして操ってもらえれば、もうこのような思いをしなくて済みますわ」


 生気の失せた目でヒルデが言った。

「駄目だよ」

 アルヴァンは首を振った。


「え?」


「ヒルデは操らないよ。隣にいるのが人形じゃつまらないからね」

「本当ですの?」

「もちろん」

 笑みを浮かべてアルヴァンがうなずいた。


「あ、アルヴァン様、アルヴァン様はこのわたくしに隣にいて欲しいんですのね。……ふふっ、見たか女狐! アルヴァン様はもはやわたくしにぞっこんなのですわ! あなたのような女などはなから眼中にありませんのよ!」


 天高く拳を突き上げて紅蓮の聖女は宣言した。

「ああ、うん。グレースさんも面白そうな人ではあるけどね……」 

 紅蓮の聖女の剣幕に圧倒されながらアルヴァンが言った。

 しかし、ヒルデの耳にはその言葉は入っていなかった。


「なーにが『頭の方の退屈凌ぎはいくつかあるんだけど問題は体の方でね』ですの! そりゃあサイズではわたくしの方が少し、ほんの少しだけ劣るかも知れませんが、重要なのはトータルバランスですの! ただ無駄にでかいだけのあなたと違ってわたくしには形と張りの良さが――」


「何の話なのかな?」


――バカにはバカの戦いがあるんだ、ほっといてやれ。


 疲れたような口調でフィーバルが言った。

「じゃあ、そうしようかな」

 グレースへの罵倒を高らかに歌い上げるヒルデを残してアルヴァンはそっと部屋を出た。




「父上の館への侵入ルートの検討はボクがやるよ。君は裏帳簿の準備を頼むよ。ああ、そうそう、兄上や父上の署名の偽造はボクに任せてくれ。昔から得意だったからね」

 楽しげにグレースが言った。

「本当にやるつもりなのか?」

 ガスリンは不満を隠しもせずに言った。

「こんなに派手なお祭りはもう一生見られないかも知れないよ」

「しかしな……」

「さっきも言っただろう。ボクらには選択の余地なんてないんだよ。もし彼らの提案を断ったらあの漆黒の剣で切られて操り人形にされるだけさ」

「だったら、こっちが先手を打てば――」

「無理無理、今回だって武器を取り上げた上で奇襲したんだよ。その結果どうなったかは君も見ただろう?」

「……ちっ。やるしかねえらしいな」

 ガスリンは舌打ちをすると渋々同意した。

「持つべき物は物わかりのいい友人だね」

 グレースが笑った。

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