第22話 盤石の体制

「で、今度こそ本題に入れるのかな?」

 グレースが聞いた。

「ええ、なんとか」

 隣に座るヒルデに恐る恐る目を向けながらアルヴァンが答えた。


「平気ですわ女狐さん。今すぐあなたの息の根を止めてやりたいところですが、お話くらいは聞いてあげましょう」


 引きつった笑みを浮かべてヒルデが言った。

「正気に戻ってくれたようで助かるよ」

 ヒルデが放つ強烈な殺意を涼しい顔で受け流しながらグレースが言った。


「うふふふ、わたくしが正気でしたらあなたの首は胴体とお別れしているはずですわ」


「ええと、早く話を始めませんか?」

 アルヴァンが言った。

「ボクとしてはもう少しヒルデ君を眺めていたい気分なんだけど、火遊びはほどほどにしておいた方がいいか」

 グレースはグラスにワインを注ぐと少し口を付けてから話し始めた。


「君たちの実力はよくわかったつもりだ。まずは非礼を詫びたい」


 グレースとガスリンが頭を下げる。

「僕はかまいませんよ」

 柔和な笑みを浮かべてアルヴァンが言った。


「わたくしはかまいますわ。ええ、かまいますとも。その首必ず取ってくれますわ」


 こちらもにこにこと笑いながらヒルデが言った。

「気にしないで続けてください」

 ため息をついてアルヴァンが言った。

「ヒルデ君のことはアルヴァン君に任せるとして……さっきも言ったようにこのパインデールには隙がないんだ。現領主である兄上は父上のバックアップがある限り安泰だし、コンラッド家の三騎士の強さは折り紙付きだ。だからボクはこうして体と頭脳をもてあましながら地下でわびしい生活をしているわけさ」

 シャンデリアに照らされたテーブルからグラスを取り、ワインの香りを楽しみながらグレースが言った。

「ずいぶんとわびしい生活ですのね」


「そうなんだよ、頭の方の退屈凌ぎはいくつかあるんだけど問題は体の方でね……」


 潤んだ瞳をアルヴァンの方に向け、体の向きを変えて豊かな胸が協調されるような姿勢を取る。

「そうですか」

 アルヴァンは特に反応せずにグレースの方を見ていた。


「女狐さん、次にアルヴァン様に色目を使ったらこの世に生まれてきたことを十回は後悔させてやりますわよ」


 満面の笑みを浮かべてヒルデが言った。

「アルヴァン君はしっかり飼い慣らされてるみたいだねえ……まあ、味見したくなったらいつでも言ってくれよ」

「グレース」

 いらだちを込めてガスリンが呼びかけた。


「はいはい。話を元に戻すけど、この都市がかなり安定しているのはわかったかな?」

「それはわかりました。でも、領主を倒せないわけじゃない。そうでしょ?」

「その通り。君たちの力があれば可能かも知れない。だが、問題があってね……」

「さっき言っていた三人の騎士のことかな?」

「そう。兄上をはめることだけなら結構簡単にできると思うんだけどね、ボクとしてはそこで終わりにして、兄上を追い出してボクが後釜につくって形を取りたいと思っている」

「あなたのお兄様をおとしめることができればその騎士たちも愛想を尽かすんじゃありませんこと?」

「無理無理、彼らは騎士の誇りに掛けてコンラッド家に忠誠を誓っているからね。実物を見ればわかるけど愛想を尽かすなんてあり得ないよ。ヒルデ君がアルヴァン君にぞっこんなのとおな――」


「わーわー!、なにも聞こえませんわーー!」


 ヒルデは慌ててアルヴァンの耳をふさいだ。

「グレースさんはお兄さんとお父さんと一緒に騎士たちも追い出すつもりってこと?」

 ヒルデの手を優しく振り払うとアルヴァンが聞いた。

「そうだね。そうすればこちらの被害は最小限に抑えられるだろう――というか、真正面から三騎士とぶつかるのは避けたいんだよ」

「グレース、魔術師もいるのを忘れてねえか?」

 ガスリンが言った。

「忘れてはいないさ。ただ、三騎士だけでも直接対決を避ける理由としては十分だから考える必要がないだけだよ」

「へえ、魔術師までいるんですの」

 少し興味を持った様子でヒルデが言った。


「ああ。元は帝国所属の魔術師だったんだが今ではボクと兄上の教育係兼父上の相談役でね。少々変わった人だけど腕前は相当な物だよ」

「盤石の体制ですのね」

「そうなるね。だから兄上を失脚させて出て行ってもらうのが一番いいと思うよ」

 面白くもなさそうにグレースが言った。


「いや、魔術師も三騎士も倒そう」


 アルヴァンが言った。

「小僧、テメエ話を聞いてなかったのか?」

 ガスリンがアルヴァンをにらみつけた。

「聞いてましたよ」

 こともなげにアルヴァンが答える。

「だったら――」

「グレースさん、仮に今の領主たちを追い出したとして、その後はどうなるのかな?」

 大男の言葉を遮ってアルヴァンが聞いた。

「そうだね、この都市はほかのいくつかの都市と同盟を結んでいるから、兄上たちはそちらに逃げるんじゃないかな」


「グレースさん、他の都市からのあなたの評判は?」


 アルヴァンの疑問にグレースは意味ありげな笑みを浮かべた。

「痛いところを突いてくるね。はっきり言って最悪に近いんだよ。昔、派手に遊んだものでね」

「そうなると、火のないところに煙を立てて領主たちをを追い出したとしても、他の都市の協力を得てこの都市を奪還しに来るんじゃないかな?」

 ガスリンはグレースと目を見交わした。

「なくはないな」

「だね。兄上は凡庸すぎて悪事なんてできない人だから徹底的に調べればでっち上げだってことはばれてしまうだろうね。そうなった場合、父上の影響力を持ってすれば他の都市から協力を取り付けることは可能だろう」

「他の都市の連中と徒党を組まれるとやっかいですわね」


「それなら、やることは一つしかないね」


 アルヴァンはうれしそうに笑い、簒奪する刃をなでた。

「待て待て、お前正気か? 領主を追い出しても駄目だってんなら計画自体中止に決まってんだろうが! 三騎士の強さは生半可じゃ――」


 ガスリンが言いかけたところで目の前に漆黒の剣が突き立てられた。


 黒い刃に写る自身の顔を呆然と見つめていると剣を突き立ててテーブルの上に立ったアルヴァンが口を開いた。


「あなたが今心配するべきなのは三騎士のことじゃないですよ」


「その通りだよ。ボクらはこの計画に乗るしかないのさ」

 あきらめているような言葉だったがグレースはどことなく楽しそうだった。

「話はまとまったようですし、具体的な方法について話し合いませんこと?」

 ヒルデの言葉に大男が渋々うなずくと、アルヴァンは剣を引き抜いてテーブルから降りた。

「基本的には麻薬と紅蓮の聖女様の血の取引を兄上が裏で牛耳っていたとでっち上げて、民衆が怒り狂っているところにボクが登場し、民衆を導いて領主を討ち取るという方針で行くよ」

 グレースが言った。

「あなたの罪をお兄様になすりつけるわけですのね」

「その通り。領主の館から血や薬の在庫が発見されて、裏帳簿が見つかって、領主と取引があったことを証言する大物が出てくれば民衆を爆発させるのに十分かな」

「具体的な方法は決めてあるのかな?」

 アルヴァンが聞いた。


「領主の館に薬を運び込むのは問題ない。ルートは確保してあるからね。やっかいなのは――」

「領主をチクる役なら俺がやろう。俺なら申し分ないはずだ」

 ガスリンが言った。

「本当かい? うれしいねえ。これで最大の問題は解決したよ」

 グレースは手をたたいて喜んだ。

「せっかくの花火だ。火薬はたっぷり用意しておこうか。フィーバル君はその剣を持った相手を操れるんだよね?」


――そんな面倒なことをしなくてもいい。ぶった斬った相手も操れるからな。


 フィーバルが答えた。   

「それはいいね。作戦の実行がずいぶん楽になりそうだ」

「へえ、そんなこともできるんだ」

 アルヴァンが言った。


――お前はもうちょっと自分の得物に興味を持ってもいいんじゃねえかな。


 フィーバルがため息をつく。

「アルヴァン君がその剣の力になれるまでに少し時間がかかるみたいだね。こちらの準備にも手間がかかるし、領主の館を落とす手順も考えなきゃならないからこちらが動いている間にいろいろと試してみるといいよ」

 グレースの言葉にアルヴァンはうなずいた。

「よし。計画の進捗状況については随時そちらに知らせる。今日のところは解散だ」

 ガスリンが宣言した。

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