第21話 酒は飲んでも飲まれるな

「なるほどね、遺物、それに破壊の化身か……」

 アルヴァンから一通りの事情を説明されたグレースがテーブルに置かれた簒奪する刃をしげしげと眺めながら言った。

「魔神なんてもんを拝む日が来るとはな……」

 ガスリンも感心したように言った。


――これは俺様の器であって本体じゃあねえんだがな。


「本体はもっと強力なのかい?」


――当然だろ。


「それはすごい。ひょっとすると聖女様よりも君の方がすごいのかな? アルヴァン君」

 グレースは剣の持ち主の方に目を向けた。

「うーん、どうかな?」

 アルヴァンは首をかしげつつも腕に込めた力はゆるめなかった。


「アルヴァン様ー、離してくださいましー」


 ヒルデはアルヴァンに羽交い締めにされた状態でもがいていた。

「離したらグレースさんを殺すんでしょ?」


「もちろんですわ。もう殺してくれと三十回懇願するまで念入りに焼いてからですが」


 紅蓮の聖女の目は据わっている。その顔には振り切れた怒りによって晴れやかな笑みが浮かんでいた。

「じゃあ駄目だよ。グレースさんには協力してもらうんだから」

 腕に力を込める。


「それはわかっていますわ。ただその前にちょっと殺すだけですの。ちょっとだけですの。だからいいでしょうアルヴァン様。アルヴァン様を亡き者にしようとするだなんて……ふふっ……本当に面白い方ですの……ふふふ……わたくしこんなに頭にきたのは生まれて初めてですの。ですから離してくださいまし」


「ボクも覚悟を決めた方がいいのかな? あまり痛い思いはしたくないんだけどね」 

 ヒルデの魔力がふくれあがるのを感じながらグレースが言った。

「いや、死んでもらっちゃ……困るんで……」

 必死になってヒルデを押さえながらアルヴァンが言った。

「まぁ、あれだけ熱烈にアルヴァン君のことを思っているわけだし、頭にくるのも仕方がないよね」

「当然ですの、私は誰よりもアルヴァン様のことを思って……え?」


「えーと、なんだったっけ、『わたくしがほんとーにだいすきなのはーこれじゃあないんですよー。あるう゛ぁんしゃまはーかんちがいしちゃーだめなんでしゅからねえー』だったかな」


 ご丁寧に酔っ払ったヒルデの口調を真似てグレースがいった。

 限界を超えた怒りによって白くなっていたヒルデの顔がみるみる赤くなっていく。


「あ、ああああああああ」


 自分の言動を思い出したヒルデが羞恥に身もだえしながら頭を押さえてうずくまった。

「おや、記憶が残るタイプだったんだね。お気の毒に」

 グレースが言った。

 ヒルデは泣きそうな顔でアルヴァンを見あげた。

「あ、アルヴァン様……」

「えーと……」

 アルヴァンは困ったような笑みを浮かべた。

「そうですの、アルヴァン様も覚えていらっしゃいますのね……」

 醜態を見られたことを悟ったヒルデは驚くような早さでテーブルに置かれた簒奪する刃をひったくると自身の首に剣を押し当てた。


「死にますわあああああ、わたくし今度こそ生きていけませんわあああああ!」


――離せ雌犬、テメエなんか斬りたくねえんだよ。


「君に死なれても困るんだってば」

 慌ててヒルデを取り押さえにかかる。

「本当に苦労しているみたいだね」

 ヒルデとアルヴァンをのんきに眺めながらグレースが言った。

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