第19話 俺の女に手を出すな
「で、わたくしをおいて、たった一人で領主の妹に会う段取りを付けてしまいましたの?」
頬を膨らませて、不満そうにヒルデが言った。
「君は休むって言っていたから……」
「た、確かにそう言いましたが、わたくしも行きたかったですわ」
ヒルデの機嫌は直らない。
「あそこは君が来るようなところじゃなかったよ」
「どういう意味ですの?」
「麻薬窟なんて女の子が行くところじゃないよ」
「お、女の子……わたくしを女の子扱いしてくれますの⁉」
思わずアルヴァンに詰め寄る。
「どう見てもヒルデは女の子でしょ」
「ああ、わたくしを女の子扱いしてくれますのね。わたくしのようなか弱い女の子は危ないところには行くべきではないと、そうおっしゃいますのね。さすがはわたくしの王子様ですわ! ヨヴァーイに来てくれなかったときは自信を失いましたが、わたくしは立派な女の子ですのね!」
「う、うん。女の子だよ。あと、ヨヴァーイってなに?」
迫るヒルデに困惑しながらアルヴァンが言った。
「お、女の口からそれを言わせますの⁉ なんて大胆な方なのでしょう……」
「いや、言いたくないならいいんだけどね」
恥ずかしそうにしながらも楽しそうなヒルデの様子に何かを察したアルヴァンが言った。
「それにしても、こんな形でヒルデの血が使われているとはね……」
「そうですわね。この街に来ても『声』が聞こえるのには驚きましたわ」
昨日の偵察の最中に街の人々の一部から『声』が聞こえることに気づいた二人は街を歩き回って『声』から情報を集め、聖女の血を扱っているギャングが領主の妹と関係があること、宿屋のルベンが聖女の血の斡旋を行っていることをつかみ、ルベンの宿屋に投宿したのだった。
「大丈夫? つらくない?」
「ご安心くださいまし。アルヴァン様の隣にいる限りわたくしは無敵ですわ」
ヒルデはアルヴァンの腕を取って言った。
「そうなの?」
ヒルデが絡ませてきた腕を見ながら言った。
「もちろんですわ。恋する乙女は無敵なのです」
「そう」
「あ、あれ? 思いのほか反応が鈍いですわ」
ボディタッチを絡めてのアプローチにも動じないアルヴァンに困ったようにヒルデが言った。
「これからのことなんだけど」
ヒルデに腕を取られたまま、何事もなかったかのようにアルヴァンが切り出した。
「アッハイ。領主の妹さんに会いに行くんですわよね」
「うん。今度は君にも同行してもらわないといけなくなるね」
「もとよりそのつもりですわ。アルヴァン様の隣はわたくしの場所ですもの」
「よろしくね」
二日後の夜にアルヴァンとヒルデは再び麻薬窟への入り口がある家屋に来ていた。
以前来た時と同じようにアルヴァンはドアをノックした。
「おう、来たな」
出迎えてくれたのは、二日前に案内してくれた痩せた男だった。
「へえ、今度は女連れか……しかも上物じゃねえか」
やせた男がじっくりとヒルデを観察する。
「あら、そんなに見つめられると恥ずかしいですわ」
ヒルデが指を鳴らす。
次の瞬間、男の靴に火がついた。
「あ、熱ちっ⁉ なんだこりゃあ⁉」
男は慌てて靴を脱ぎ捨てた。
「あらあら、大丈夫でございますか」
ヒルデはあくまで穏やかに語りかけた。
「あ、あんた一体……」
「だから、見つめられると恥ずかしいと言ったではありませんか」
もう一度、魔術を使おうとするヒルデの手をアルヴァンが押さえる。
「もういいでしょ。行くよ」
アルヴァンはヒルデの手を掴んだまま家の中に入っていった。
「今回は案内しなくていいですから」
呆然とヒルデを見ている男に言うとアルヴァンは地下への道を進んでいった。
地下におり、通路を抜けて、人でごった返す麻薬窟を抜けていく。
「ア、アルヴァン様……その……」
「ん? どうかしたかな?」
ヒルデが立ち止まったのに合わせて足を止める。
「も、もう、一人で歩けますわ」
ヒルデがアルヴァンに握られている自分の手に目を落とす。
「ああ、ごめん」
アルヴァンはヒルデの手を離した。
「こ、これはあれですの……『こいつは俺の女だ』的な奴ですの……ああ、どきどきしますわ」
顔を赤くして胸を押さえながらヒルデがぶつぶつと言った。
「やっぱりまだ具合が悪いのかな?」
ヒルデの顔色を見てアルヴァンが聞いた。
「い、いえ、何でもありませんわ。わたくしは元気ですわ」
――安心しろ相棒。こいつは年中病気だ。お前の前ではな。
フィーバルが言った。
「ちょっと、失礼なことを言わないでくださいまし」
――まったく、男に手をつながれたくらいで一体なにを……。
「あーー! あーー! なにも聞こえませんわ!」
慌ててアルヴァンの耳をふさぎながらヒルデが叫ぶ。
薬に夢中になっている人々も何事かとこちらを見た。
「ヒルデ、どうしたの?」
アルヴァンが聞いたが、ヒルデはしばらくの間叫び続けた。
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