第18話 殴り込むアルヴァン

「ここ、だよね」


――らしいな。


 途中何人かの人に道を尋ねながらアルヴァンはメモに書かれた住所にたどり着いた。

 アルヴァンの目の前にあるのは木造の家屋で昼間だというのに鎧戸は締め切られていた。分厚いドアをノックする。覗き窓が開き、威圧的な男の声がした。

「何の用だ?」

「宿屋のルベンさんの紹介で来たんですが」

 宿屋の主人に言われたとおりの口上を述べる。

「ほう、あんたもあれがほしいのかい。いいだろう、中に入れ」

 鍵が開く音がして、ドアが開いた。声の主は病的にやせ細った男だった。

「お邪魔します」

 そう言ってアルヴァンは中に入った。

「こっちだ」

 あごをしゃくってやせた男がアルヴァンを促す。

 男と一緒に地下につながる階段を降りていく。

 地下の通路はところどころ灯りがともされているもののかなり暗かった。

 暗さに目が慣れ始めた頃、突然明るく開けた場所に出た。


「これは……」

 そこでは大勢の人々が座り込んで皆一様に虚ろな目をしていた。あたりには甘ったるいにおいが漂っている。

「おや、麻薬窟は初めてかい?」

 やせた男が面白そうに言った。

「僕は麻薬が欲しいわけではないんだけど……」

「あわてなさんな、あんたの欲しいものはちゃんとある」

 そう言ってやせた男はうつろな目をした人々の間を縫うように歩いていった。

 アルヴァンも男について行く。


「あんたも知ってるとは思うが、この手の薬ってのはたいそう体に悪くてな。何度もぶっ飛んでるとしまいにはこの世からぶっ飛んじまう。そこで、『血』の出番だ。あの『血』を飲めば、何度でもぶっ飛べるすげえ体になるんだ。表向き薬を使ってることにはしたくない奴らにはバカ売れよ」

「なるほど」

 麻薬中毒者をよけながら二人は歩いて行く。

 人混みを抜けると、高価な装飾が施された扉の前に出た。

「これからボスにあわせる。あんたに血を売るかどうかはボスが判断する。せいぜい気に入られるように努力するんだな」

「わかりました。ここまでありがとうございました」

 アルヴァンは頭を下げた。

「はっはっは、おもしれえ奴だ。まあ、うまくいくことを祈ってるよ」

 そう言うと男は人混みの中に消えていった。




 アルヴァンはドアをノックした。

「入れ」

 ドアの向こうから声がした。

「失礼します」

 ドアを開けて中に入った。部屋には毛足の長い絨毯が敷かれ。正面には立派な机に鎮座した禿げ上がった頭の大男がいた。大男の頬には大きな傷があった。机の両隣には護衛が1人ずつ配置されていた。

「ルベンから話は聞いている。血が欲しいらしいな」

 短くなったタバコの火を灰皿で揉み消しながら、大男が言った。

「あっはい、連れが病気でして……」

「思ってたよりだいぶ若いな。安い買い物じゃあねえぞ」

 アルヴァンの態度に大男はひとつ唸るとそう言った。

「これで足りますかね」

 アルヴァンは皮袋に詰めた金貨を机の上にぶちまけた。

 二人の護衛がぎょっとしてアルヴァンを見た。

 大男が顔をしかめる。

「最近の若いのはこれだから……。まあ、十分だがな」


「ところで……」


 言いながらアルヴァンが剣に手をかけた次の瞬間、二人の護衛は壁にたたきつけられていた。

「ほう、やるじゃねえか、若いの」

 大男は眉ひとつ動かさずに、新しいタバコに火をつけた。

「で、何のつもりだ?」

 煙をゆっくりと吐き出すと大男が聞いた。

「あなたに手を貸したい」

 剣を収めながらアルヴァンが言った。

「はっきり言って、腕の立つ奴は大歓迎なんだがな……一体何が目的だ? 金ならあるだろう?」

 机の上に広がった金貨に目を落としながら大男が言った。

「この都市を乗っ取りたいんだ」

 事も無げにアルヴァンが言った。

「ははは、大きく出たな」

 笑いながら大男が言った。

「俺だって乗っ取れるもんなら乗っ取りたいが、腕が立つだけじゃあ無理だな」

 大男がかぶりを振る。

「領主の妹が協力してくれていても?」

 アルヴァンの質問に大男の顔色が変わった。

「一体どこでそれを……」

「街の人たちから聞いたんだ」

「ふざけるなよ、おい。そんなことをぺらぺらしゃべってる奴がいるわけねえだろう」

「しゃべってはいませんでしたよ」

「てめえ一体なに言ってやがる」


――こっちには聞き取る手段があるってことさ。


 フィーバルの声が響いた。

「何だ今のは⁉」

 大男が慌てて辺りを見回す。だが、部屋にいるのは自分と目の前の若い男、それに伸びている二人の護衛だけだ。

「まだ出て来てほしくないんだけど」


――そういうなよ相棒。俺だって退屈なんだ。


「あ、あんたは一体……」

「ああ、自己紹介がまだでしたね。僕はアルヴァンです」

 アルヴァンの言葉に大男はただただ困惑するばかりだ。

「まあ、だいたい僕の相棒が言うとおりです。僕たちにはこの街の人たちの『声』を聞き取る手段があります。そのことはおいておくとして、領主の妹さんに会わせてもらうことはできませんか? どのみち僕のことは報告しないわけにいかないんでしょう?」

「……わかった。領主の妹に会わせてやろう」

 深くため息をつくと大男はそう言った。

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