第17話 おかしくなくなくなくなくなくなーい

「で、僕らはなにをやっているのかな」

「何って偵察ですわ」

 アルヴァンと腕を組みながら上機嫌でヒルデが言った。

「今度はあそこの雑貨屋さんに参りましょう」

 アルヴァンを店に向かってぐいぐいと引っ張っていく。

「雑貨屋さんで何を偵察するのかな……」

 アルヴァンの疑問に答える者はいない。


「まあ素敵な髪飾りですこと」

「いかがでしょうか。お客様のきれいな赤髪にはとてもお似合いですよ」

 ヒルデが見つめているのは緑色の宝石が付いた銀の髪飾りだ。

 主人の許しを得て、髪飾りを試しにつけてみた。

「おお、なんと素晴らしい。まるで貴女様のためにあつらえたかのようだ」

 仰々しい褒め言葉だったが、主人の様子から本気で言ってるのがわかった。さらに、店の主人だけでなく他の客たちもヒルデに見入っていた。

 ヒルデ本人もまんざらでもないようで、ポーズをとってアルヴァンに意見を求めた。

「アルヴァン様、いかがでしょうか」

「いいんじゃないかな。似合ってると思うよ」

「似合っているなんてものじゃありませんよ! 髪飾りがお客様の美しさを引き立て、お客様もまた髪飾りの美しさを引き立てる。これぞまさに芸術です!」

 鼻息荒く店の主人がまくし立てる。 他の客たちも主人に同意するように頷いていたり、なかには拍手するものまでいた。

「わ、わかりました。買います、買います」

 店の雰囲気に圧倒されたアルヴァンが財布を取り出した。

「お買い上げありがとうございます」

 主人が深々と頭を下げると、周りの客からは歓声が上がった。

「なんなのこれ……」

 アルヴァンがつぶやいた。


 実にいい仕事をしたという表情を浮かべた主人から見送られて、二人は店を後にした。

「アルヴァン様……その、本当によかったのですか……かなりの金額でしたけれど……」

 少し不安そうにヒルデが聞いた。その真紅の髪には店で買った髪飾りがついていた。

「気にしなくていいよ。お金には余裕があるしね」

 少し軽くなった財布を弄びながらアルヴァンが言った。

「ですが……」

「それに、本当によく似合っていたしね」

 ヒルデの髪飾りに目をやりながらアルヴァンが言った。

「…………」

 アルヴァンの言葉にヒルデはうつむいて何事かつぶやいている。

「どうかしたの?」

 ヒルデの顔を覗き込む。


「やりましたわ! これぞロマンスですわ! 店の人たちグッジョブですわ!」


 突然顔を上げたかと思うと声を張り上げてそんなことを言い出した。

「ちょっと、ヒルデ、声が大きいよ」

 人差し指を口に当て静かにするように促すがヒルデは止まらない。


「ああ、なんていい雰囲気なのでしょう! 高価な買い物をさせたことを気遣う乙女に対して『似合ってるからいいんだよ』だなんて素敵すぎますわ! アルヴァン様、やはりあなたは理想の王子様ですのね!」


 興奮が最高潮に達したヒルデが大声で叫ぶ。

「ヒルデ、お願いだから黙って」

 アルヴァンの制止もむなしくヒルデはしばらくの間、語り続け、二人は好奇の視線を浴びる羽目になった。




「もうすぐ夜になるね。宿を探そうか」

「そ、そうでしゅわね」

 アルヴァンの言葉に、露骨に動揺した声でヒルデが答えた。

 結局、いろんなところを偵察しなければならないと言い張るヒルデにあちこち連れ回されるうちにすっかり日が暮れていた。

 アルヴァンはそこそこの大きさの宿屋を見つけると、部屋を取った。

「空きがあってよかったね」

「そ、そそ、そうでしゅわね」

 ヒルデはうつむいたまま、つっかえつっかえ答えた。

 ヒルデの様子を怪訝に思いながらも、アルヴァンは宿屋の階段を上っていった。

「じゃあ、お休み」

「ひゃい、お休みなしゃい」

 ヒルデに鍵を渡すと、アルヴァンは自分の部屋の鍵を開け、部屋に入って扉を閉めた。


アルヴァンがベッドで横になってうとうとし始めたとき、ドアが激しくノックされた。

目をこすりながら、起き上がり、ドアの鍵を開ける。次の瞬間、勢いよくドアが開け放たれた。


「おかしくなくなくなくなくなくなーい! ですの!」


 目の前に立っていたのは目を血走らせたヒルデだった。

「…………」

 眠りかけていたこともあり、アルヴァンはヒルデの剣幕に圧倒されていた。


「昼間あれだけいい雰囲気になったのになんで別室ですの⁉ こんなの絶対おかしいですわ! 今からでも遅くはありませんわ! 一緒に寝ましょうアルヴァンさ――」


「もう遅いから、寝させて」

 扉が閉められた。続いて錠が回る音がした。

「……ふふっ、そうですのね。そういうことですのね。据え膳を食うのは面白くないと言うことですのね。いいですわ、アルヴァン様。わたくし、アルヴァン様のヨヴァーイをベッドでお待ちすることにいたしますわ」

 ヒルデは自分の部屋に向かって駆けていった。




「おはよう。……どうしたの」

 翌朝、早めに目を覚ましたアルヴァンは廊下でばったりとヒルデに出くわした。

「べ、別にどうもしませんわ」

 ヒルデはそう言ったが、目の下には来いクマができており、髪はボサボサで幽鬼のようだった。

「お、おかしいですわ……『今夜は寝かせないぜ』的な展開を期待して起き続けた結果、一睡もできないだなんて……」


――お前バカだろ。


 蔑むようにフィーバルが言った。

「ふふっ……いつもなら食ってかかるところですが、今日はそんな気分になれませんわね。アルヴァン様、わたくしはもう一眠りいたしますわ」

 そう言って大きなあくびをするとヒルデはふらふらとした足取りで部屋に戻っていった。

「ああ、うん。お休み」

 アルヴァンはヒルデの背中を見送った。

「おや、確かアルヴァン様でしたかな」

「ああ、ご主人。おはようございます」

 アルヴァンに声をかけてきたのはこの宿屋の主人だった。

「お連れの方はどうかされたのですか?」

 主人が心配そうに聞いた。

「昨日よく眠れなかったみたいで……」

「何か問題でもありましたかな?」

「いえ、宿には何の問題もないんですけれど……」

 アルヴァンが口ごもる。

「お連れ様はあまり体の強い方には見えませんからなあ……アルヴァン様、ここだけの話ですが実はいいものがあるのですよ」

 アルヴァンの様子を見て、訳知り顔でうなずくと、声を潜めて主人がそう切り出した。

「いいもの?」

「ええ、万病に効く上に滋養強壮、精力向上にも……いやいや、お若い方にはこれは余計でしたかな」

 冗談めかして主人が言った。

「薬か何かですか?」

「当たらずとも遠からずですな。……血なのですよ。紅蓮の聖女と呼ばれる女のね」

「あーなるほど」

 どこかで聞いたような話にアルヴァンは曖昧にうなずいた。

「そういえば、お連れの方も見事な赤髪でしたな」

「えっと、その聖女の血はどこで手に入りますか?」

 話がまずい方向に転がらないうちに、アルヴァンが聞いた。

「おお、そうでしたな。この場所を訪ねてください」

 主人がメモを手渡した。

「宿屋のルベンの紹介で来たと伝えていただければ大丈夫です」

「わかりました。ありがとうございます」

 主人に礼を言ってアルヴァンは部屋に戻った。

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