第15話 旅の仲間
「さあさあみなさんよってらっしゃい、これからみなさんを地獄へお連れいたしますわ」
芝居がかったヒルデの声が通りに響き渡る。
街の住人たちは何事かと通りに目を向けた。
そんな彼らを紅蓮の炎が襲った。
「イグナイト、イグナイト、イグナイト」
ヒルデがその言葉を唱えるたびにあちこちで火の手が上がり、住人たちが次々と倒れていった。
「気分爽快ですわ」
ヒルデはそう言った。
住人たちはヒルデから逃れようと走り回ったが逃走むなしく次々と死んでいった。彼らは懸命に生きようとしたがヒルデはそれを許さない。彼女の怒りは炎のごとく燃え上がり住人達を襲っていった。
高笑いしながら快進撃を続ける彼女の前に立ちふさがる人影があった。
「ヒルデ! もうやめて!」
そう言ったのは宿屋の少女だった。
「あら、お久しぶりですわね」
ヒルデは朗らかに言った。
「ヒルデ……」
ヒルデの様子に少女は言葉を失った。
彼女の前にいたのはもはや紅蓮の聖女でもかつての友達でもなかった。そこにいたのは復讐に燃える一匹の悪魔だった。
やめてと少女は叫び続けるがヒルデは聞こうともしない。彼女は笑いながら人々を燃やしていった。
「ヒルデ、どうしてこんなことを」
少女は泣き崩れた。彼女の目に映るのは住人たちの死体の山だ。
「どうしてって楽しいからですわ」
ヒルデはそう答えた。
「こんなことが楽しいっていうの⁉ あなたは狂ってるわ!」
怒りに目を濡らした少女が言った。
「狂っている? このわたくしが? そうかもしれませんわね。ですが……」
ヒルデは宿屋の娘に一歩近づいた。
「あなた方に言われたくありませんわ。わたくしのことなんて気にもかけずに、のうのうと幸せに暮らしていたあなた方には」
「それは違うわ」
「いいえ、ちがいませんわ。あなた方の考えていたことはわたくしにはお見通しですわよ。例えばあなたは今日の夕方そこにいるアルヴァン様に助けていただきましたね」
「どうしてそれを……」
「あら、誰の魔力で健康的な暮らしができていると思っているのですか」
「あなた、まさか……」
少女の顔から血の気が引いた。
「そうですわ。あなた方の考えていることはわたくしには筒抜けですの。……例えばわたくしのことなんて都合のいい道具としか考えていなかったこととかね」
少女が唇を噛んでうつむく。
「これだけ人がいるのにわたくしのことを人間扱いしてくれた人は1人もいませんでしたわ。不思議ですわよね」
世間話でもするようにヒルデが言った。
「あなたさえいなければ……」
少女が憎しみを込めて言った。
「あら、体の弱かったあなたはわたくしの血のおかげで生きてこられたのに失礼な言い方ですわね」
「何もかも自分のおかげだと言いたいの⁉」
「その通りですわ。わたくしのおかげで生きてこられたのですから、わたくしの手にかかって死ぬのは当然でございましょう」
「一体何様のつもりなのよ⁉」
少女が叫ぶ。
「聖女様のつもりですわ。あなたたちがそう言ったのではありませんか」
「あんたなんて、ただの化け物よ!」
「そうですわね。では化け物らしく、何もかも食い尽してさしあげますわ」
「地獄に落ちろ! この化け物!」
「お先にどうぞ。イグナイト」
ヒルデがそう唱えると 少女の体が燃え上がった。
少女は苦痛に絶叫しながら倒れた。
「一通り片付けましたわね」
炎に包まれた街を見ながら、満足げにヒルデが言った。
「お疲れ様。でも、これから先どうやって生活していくの?」
アルヴァンが聞いた。
「もちろんアルヴァン様についていきますわ」
当然だと言わんばかりの態度でヒルデが言った。
「え?」
「え? だって一緒に海を見に行くって……」
「その後はどうするの?」
「そ、それはもちろん……アルヴァン様と一緒に……」
「僕も住むところないんだけど」
「ね、根無し草でしたの……。いいえ、構いませんわ。アルヴァン様の隣ならばたとえ火の中水の中、どこへでもついて行きますわ」
アルヴァンの言葉に少しばかりショックを受けたもののなんとか立ち直ったヒルデが力強く言った。
「うーん。まあ、いいか」
少しの間悩んでいたアルヴァンだったが、結局ヒルデを連れて行くことに決めた。
「ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いいたしますわ」
ヒルデは深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしく」
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