第14話 聖女の行進

「バルドヒルデ! 貴様一体なにを⁉」

 焼け落ちた塔の元に駆けつけた真っ白な法衣を着た老人が言った。老人の後ろには武装した神官たちが控えていた。

「あら主教様、もう聖女とは呼んでくれませんの?」

 ヒルデがほほえむ。

「道具の分際でなにを言っている! お前達あの女を始末しろ!」

 神官たちが武器を手に襲いかかった。

「まあ、恐ろしい。初級魔術一つしか使えない女の子に大勢で向かってくるだなんて」

 大げさに嘆きつつ、ヒルデは自分が使えるただ一つの魔術を撃った。


「イグナイト」


 次の瞬間、ヒルデに襲いかかった神官たちが火だるまになった。

「ごめん遊ばせ」

 燃える人体に照らされながら、ヒルデは主教に片目をつぶって見せた。

「ふん。いい気になっていられるのも今のうちだ」

 主教が片手をあげて合図を送ると、建物の影に隠れていた神官が弓を引き絞った。

「白雷」

 神官が矢を放たんとした瞬間、彼の体は白い閃光に貫かれた。

「何だ今のは⁉」

 ぎょっとして主教が閃光を放ったアルヴァンに目を向けた。

「なにって、魔術ですけど」

 神官を指さしたままアルヴァンが答えた。

「くそっ、ただの賊ではなかったか……」

 主教の顔が歪む。

「さすがはわたくしの王子様ですわ」

 ヒルデが顔を輝かせる。

「ちっ、こうなればもう一度封印して」

 主教が呪文を唱えようとする。


「イグナイト」


 主教の口から火が噴き出した。

 声にならない悲鳴を上げて主教が膝をつく。

「うーん、器用だなあ」

 感心した様子でアルヴァンが言った。

「主教様、舌を燃やされるのってどんな気分でございますか?」

 顔に笑みを貼り付けたまま、ヒルデが聞いた。

 主教は質問に答えることができず、ただ、ちぎれんばかりに首を振るだけだった。

「ああ、いけない。舌を燃やしてしまったらもうしゃべれませんものね」

 合点したというようにうなずく。

「じゃあ、腕を燃やされる気分も」

 主教の両腕が燃え上がった。

「足を燃やされる気分も」

 今度は両足が燃え上がる。

「聞くことはできないんですのね」

 主教は全身を貫く猛烈な熱さと痛みに悶絶した。

「残念ですわ」

 主教は震えていた。彼はただこの苦痛が終わることだけを願っていた。


「お詫びにあなたのことは生かしておいてあげますわ」


 悪びれもせずにヒルデが告げた。

 主教の四肢から火が消えた。だが、骨まで響くような痛みと熱さは消えない。地獄のような苦しみを終わらせてくれることを願って、主教はすがるような目でヒルデを見た。

「あら? ひょっとして死なせて欲しいんですの? 駄目ですわ主教様、そのような恐れ多いこと、わたくしにはできませんわ」

 ヒルデは申し訳なさそうにかぶりを振る。

 主教の目に苦痛と絶望の涙が浮かぶ。

「どうか残りの人生を楽しく生きてくださいませ」

 ヒルデの言葉に老人はただ涙を流した。

「まあ泣くほど嬉しいんですの? わたくしとしても恩返しができて嬉しいですわ」

 ヒルデは晴れやかな笑みを浮かべていた。

「これでもう終わりかな」

 アルヴァンが聞いた。

「いえいえ、まだまだですわ」

 ヒルデのそんな言葉にアルヴァンは眉を吊り上げた。

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