第13話 下へ参ります
最初に犠牲になったのはヒルデの部屋の外で見張りをしていた二人組だった。
「こんばんわ」
にこやかにそう言ったヒルデの様子がいつもと違うことに見張りは気づいた。
「聖女様……?」
いぶかしげに言った彼らに向かって、ヒルデは指を鳴らした。
「イグナイト」
唱えた魔術は初歩の初歩。訓練すれば子供でも使える火の魔術だ。普通の人間が使えばロウソクに火を付けられる程度の規模の火をおこすもの。だが、今回は違った。
「うおああああ!」
二人の体は一瞬で火だるまになった。訳もわからず床に転がり、のたうち回る。それでも火は消えず、やがて二人は動かなくなった。
二人の死を確認すると、ヒルデは手を振って火を消した。
「ちょっとやり過ぎましたかしら?」
「これほどの威力がでるとはね……」
アルヴァンが驚きに目を瞠った。
「でも何でイグナイトなのかな? もっと強力な魔術も使えるんでしょ?」
「いいえ、わたくしが使える魔術はこれだけですわ。四歳の時に初めてイグナイトを撃ったんですけれど、そのとき家を焼き尽くしまして、それで両親に売り飛ばされたのですわ」
「なるほど」
アルヴァンがうなずいていると、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
「来たね。本当に僕は手伝わなくていいの?」
「ええ。これはわたくしの復讐ですから」
ヒルデはにっこりと笑った。
階段を上がってきた男たちを四人ばかり燃やしてやるとヒルデとアルヴァンは塔を降りていった。
「なかなか、降りにくいですわね」
いらだたしげにヒルデが言った。ワンピースの裾を踏まないように螺旋階段を降りていく。
「じゃあ、こうしようか」
アルヴァンはヒルデを持ち上げた。
「お、お姫様だっこですの⁉ わ、わたくし心の準備が……って、あれ……」
ヒルデの声が萎んでいく。
アルヴァンはヒルデを肩に担ぎ上げていた。
「どうかしたかな?」
ヒルデを担いだまま階段を駆け下りつつアルヴァンが聞いた。
「いえ、何でもありませんわ。……わーあ、はやーい……」
内心の落胆を隠しながら平板な声でヒルデが答えた。
ヒルデは荷物のように担がれたままイグナイトを連射し、二人の前に立ちふさがった者たちを焼き尽くしていった。
アルヴァンは燃えさかる人間を躱しながら螺旋階段を駆け下りていく。
一階のホールまでたどり着いた二人を出迎えたのは法衣を着た神官たちだった。
「おのれ、賊め! 聖女様を拐かすとは!」
「部屋から出たがったのはヒルデで、僕は拐かしてはいないんですけれども……」
神官たちの剣幕に困惑したアルヴァンが言った。
「君の方から説明してくれる?」
そう言ってアルヴァンは担いでいたヒルデを下ろした。
「あら、もう終わりですの? 結構楽しかったのですが」
少し残念そうにヒルデが言った。
「おお、聖女様!」
神官たちがそろって頭を垂れる。
「黙りなさいこのクソムシども」
神官たちに向き直ったヒルデが笑みを浮かべて言った。
「十三年もの間、よくもこのわたくしを利用してくださいましたわね」
「せ、聖女様……まさか、目が……?」
まっすぐにこちらを見据えているヒルデを見て、神官たちはようやく彼女がいつもと違うことに気づいた。
「目だけではありませんわ、魔力も戻っていますの。ご覧なさい、イグナイト」
ヒルデの魔術によって、一番近くにいた神官が顔から火を噴いた。
「多少『練習』したおかげで加減が効くようになりましたの。顔面を燃やされる気分はいかがかしら?」
にっこり笑って問いかけた。
声にならない悲鳴を上げながら顔を焼かれた神官が崩れ落ちた。
「そうそう、こんなこともできますのよ。イグナイト」
顔を焼かれた仲間を呆然と見つめていた神官の一人が突然、腹を押さえてうずくまった。
「あ……がっ……おお……」
腹を押さえた神官は苦悶の表情を浮かべて、脂汗を流す。
周りの神官たちが何事かと思いながら見つめていると、神官の腹が裂け、炎が吹き出した。
「体の内側から焼かれる気分はどうだったでしょうか? まあ、答えを聞くことはできないのですけれど」
ヒルデは笑みを絶やさない。
仲間のあまりに無残な死に様に神官たちは恐慌状態になった。
幾人かはヒルデに背を向けて逃げ出し、残りは雄叫びを上げてヒルデに襲いかかった。
「ご安心なさい。一人も逃がしませんわ。イグナイト」
ヒルデが唱えた次の瞬間、その場にいた神官たち全員の頭が一斉に爆ぜた。
仲間を押しのけて逃げようとした者にも、ヒルデに命乞いをしようとした者にも、ヒルデを殺そうとした者にも、みな平等に死がもたらされた。
人体が焼けるにおいが漂う中、ホールに拍手の音が響いた。
「なかなかよかったよ」
アルヴァンが手をたたきながら言った。
「光栄ですわ」
ヒルデはワンピースの裾をつまみ上げ、たった一人の観客に向かって優雅にお辞儀をした。
「これで終わりかな」
「まだまだ、これからですわ」
ヒルデの浮かべた笑みにアルヴァンは満足げにうなずいた。
「きれいですわね」
「よく燃えるね」
アルヴァンとヒルデは燃えさかる尖塔を見上げていた。
「きれいですわねー」
「この大きさの塔でもイグナイト一発で燃やせるんだね」
アルヴァンが感心した様子で言った。
「き・れ・い・で・す・わ・ね」
「街の人たちも気づいたみたいだね」
方々で上がる叫び声を聞きながらアルヴァンが言った。
「きれいで……ああ、もう! やってられませんわ!」
ヒルデが地団駄を踏んで叫びだした。
「アルヴァン様!」
アルヴァンの肩に手をかけ、自分の方を向かせる。
「ここは『燃えさかる塔よりも君の方がきれいだよ』って言うところですの!」
アルヴァンの体を揺さぶりながら持論を展開した。
「そうなの?」
ぐらんぐらんと揺さぶられながらアルヴァンが聞いた。
「そういうものなんですの! 乙女心をくすぐって欲しいんですの!」
「わ、わかったから落ち着いて……」
揺さぶられながらなんとかヒルデに伝えた。
「では、もう一度やりますの」
ヒルデがアルヴァンから手を離し、改めて燃えさかる塔を見上げる。ちょうどそのとき、メキメキと音を立てて、塔が崩れた。
「ああぁぁぁぁ」
ヒルデの口から言葉にならない悲鳴が漏れる。
「危ないよ」
アルヴァンはヒルデを担ぎ上げ、倒壊する塔から離れた。塔は灰をまき散らしながら崩れていった。
安全を確認してからヒルデを下ろす。
「わ、わたくしの胸キュンが……」
ヒルデは泣きながらくずおれた。
「ああ、うん、きれい、だよ……」
慰めるようにヒルデの肩に手をかけながらアルヴァンが言った。
反応は劇的だった。
「ほんとですの! わたくし、きれいですの⁉」
ヒルデが顔を上げてアルヴァンを見た。
その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている上に、塔が倒れたときに舞い上がった灰をかぶっていた。
「ああ、うん、きれい、きれい」
ヒルデから目をそらしながらアルヴァンが答えた。
「やりましたわ! これが! これこそがロマンスですの!」
天に向かって高々と拳を突き上げながら紅蓮の聖女が勝利の叫びを上げた。
――お前も罪な男だな。
フィーバルが言った。
――ヒルデも喜んでるし、いいんじゃないかな。多分……。
アルヴァンの言葉にフィーバルは重いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます