第11話 紅蓮の聖女バルドヒルデ
声の方に目をやると、真っ白の丈の長いワンピースを着た少女がこちらを見ていた。
少女の長い髪は燃えるように赤く、瞳もまた紅蓮の炎のようだった。
――テメエ、俺の声が聞こえんのか?
「なにを言っていますの? こんなにはっきりと聞こえるじゃありませんか」
紅蓮の髪の少女が首をかしげた。
――マジかよ……。相棒にしか聞こえねえようにしゃべってんだがな。
「あなたがヒルデさんかな?」
アルヴァンが聞いた。
「そうですわ。名前で呼ばれるのは久しぶりですけれど」
ヒルデの顔に懐かしむような表情が浮かぶ。
「わかった。じゃあ、やろうか」
アルヴァンが簒奪する刃を抜く。
――いきなりだな、おい。
「だってもう我慢できないよ」
アルヴァンはヒルデが持つ圧倒的な魔力に魅せられていた。
おそらくヒルデの魔力を隠すために塔そのものに結界が張ってあったのだろう。
直にみる彼女の魔力は街の人々と同質のものだったが、規模が全く違う。
街の人々がロウソクの火ならヒルデは触れるものすべてを焼き尽くす劫火だった。
「が、我慢できないだのや、やるだのとな、なんて積極的なお方なんでしょう。……でもでも、これはこれで悪くないのかもしれませんわね」
ヒルデは頬を真っ赤にしてもじもじした。
「そうだね。君なら楽しめそうだ」
アルヴァンが簒奪する刃を構える。
「た、楽しむ⁉ わたくしで楽しむんですの⁉ ああ、何というお方なんでしょう! で、ですがわたくしとて覚悟はできておりますわ! さ、さあ、こちらへどうじょ!」
声が裏返っていた上に噛んでいた。
しかし、ヒルデは必死の思いでベッドの方を指した。
「え? なんで?」
アルヴァンが困惑する。
「え? なんでですの?」
ヒルデも困惑していた。
「いや、僕をみればわかるでしょ」
改めて簒奪する刃を構える。
「見ればわかる⁉ じゅ、準備万端ってことですの⁉ そんな⁉ もう準備ができてますの⁉ お、男の人ってすごいですわ!」
ヒルデの混乱がピークに達した。
「うん、この剣を見れば僕が君と戦う気だってわかるでしょ?」
とんとんと指で漆黒の剣をたたきながらアルヴァンが言った。
「剣? 戦う? なにを言っていますの?」
ヒルデが首をかしげる。
「いや、だから僕は君と戦うためにここまできたんだけど」
「…………その剣とやらをちょっと床に刺してもらえませんこと?」
「これでいいかな?」
アルヴァンは漆黒の剣を床に刺した。
ばきっと音がして剣は床に突き刺さった。
「あー、ほんとに剣なんですのね、そーですかー、ふーん……」
呆けた声でヒルデが言った。
「でしたら、我慢ができないとか楽しむとか言うのは……」
「君と戦うのを我慢できないし、君と戦うのは楽しそうだよね」
屈託なくアルヴァンが答えた。
アルヴァンの言葉にヒルデはしばらくうつむいた。
そして、急に顔を上げたかと思うと窓に向かって全速力で駆け出した。
「もう生きていけませんわ! 死にます! わたくし死にますわあああああ!」
涙を流し、顔を炎よりも真っ赤にしながら窓枠に足をかけ、身を投げようとする。
「なっ⁉」
驚いたアルヴァンが慌ててヒルデを羽交い締めにした。
拘束されたヒルデがじたばたともがく。
「離してくださいまし! わたくしはここで死ぬんですの! もうお嫁に行けませんの!」
「なんでそうなるの⁉」
「なんでって……」
アルヴァンの言葉によって自分の言動が再び脳裏によみがえる。
「やっぱり死にますわああああ! こんな恥ずかしいことをして生きていけませんわああああ!」
「よくわからないけど、僕は気にしないし、誰にも言わないよ」
暴れるヒルデを必死で押さえながらアルヴァンが言った。
ヒルデの動きが止まる。
「ほんとですの?」
涙に濡れた目でアルヴァンを見つめながらヒルデが聞いた。
「嘘はつかないよ」
アルヴァンの答えをしばらく反芻するとヒルデは体から力を抜いた。
「わたくし、なんてことをしてしまったのでしょうか。いくら目が見えないからってこんな……」
ヒルデはへたり込むと両手で顔を覆ってさめざめと泣いた。
「えっと、よかったらどうぞ」
アルヴァンはハンカチを差し出した。
「ひっぐ、あ、ありがどうございまず」
涙声でヒルデが答え、ハンカチで顔を拭いた。
「目が見えないの?」
おずおずとアルヴァンが聞いた。
「そうなんですの。クソ忌々しい主教どもがわたくしの魔力を封じたせいで目が見えなくなってますの」
「魔力が封じられてるの?」
驚いた様子でアルヴァンが言った。
「そうですわ。それが何か?」
「封じられてこの魔力か……」
アルヴァンの顔に隠しきれない笑みが浮かぶ。
「でも、一体どうして君の魔力を封じているの?」
「簡単なことですわ。わたくしを聖女として『使い続ける』ためですの」
あきらめの混じった声でヒルデが言った。
「『聖女を使う』?」
「ええ、わたくしはこの街で聖女として使われていますの」
ヒルデはベッドに腰掛けると話し出した。
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