第10話 上へ参ります
「ほう。王都で薬草を買うために里を出たのですか」
パイプを吹かしながら宿屋の主人が言った。
「ええ、そうなんです」
曖昧な笑みを浮かべてアルヴァンが答えた。
――ありがとう。助かったよ。
フィーバルにだけ聞こえるように礼を言った。
――おうよ。テメエがいきなり、なにもかも壊そうと思って里を出たんですとか言いそうになったときはどうしようかと思ったぜ。
フィーバルが答えた。
少女に案内された宿屋はかなり上等なものだった。少女の父である宿屋の主人、料理人を務めている少女の母、そして結果的にアルヴァンが助けたかたちになった少女とともに夕食を取った。出されたシチューはアルヴァンが里で食べたどんなものよりおいしかった。
食事を終えて、少女と母親が後片付けをしている中、アルヴァンは宿屋の主人と話していた。
――やっぱり本当の動機は黙ってた方がいいのかな?
――あたりめ―だボケ。テメエには常識ってもんがねえのか。
――破壊の化身に常識を説かれてもなあ……。
「それにしてもあなたがいてくれて本当によかった。そうでなければ今頃娘はどうなっていたことか……」
かぶりを振って主人が言った。
「大したことはしていませんよ」
「なにをおっしゃる。あなたのためならば何だっていたしますよ」
「じゃあ、一つ聞きたいことがあるんですが」
「何なりと」
「この街の聖女ってどんな人なんですか?」
「おお、紅蓮の聖女様のことですか。聖女様はこの街の宝ですよ。あの方がおられるからこそ、こうして我々は健やかに生きていられるのです」
主人は誇らしげに語った。
「あの塔に住んでいるんですか?」
「ええ、塔の一番上にある部屋でいつも我々のために祈っていてくださるのですよ」
「てっぺんか……」
主人の言葉にアルヴァンは考え込むようなそぶりを見せた。
「やめてよ、聖女の話なんて……」
後片付けを終えて戻ってきた少女が消え入るような声で言った。
「おお、戻ってきたか。今、この方に紅蓮の聖女様の話を――」
「ヒルデの話なんてやめてよ!」
「その名を口にするんじゃない!」
少女の口から出た言葉に激高した父親が怒鳴った。
父親のあまりの剣幕に少女の体がびくりと震えた。
「あー、アルヴァン殿、今日はもう休まれてはいかがかな?」
先ほど見せた怒りをしまうと宿屋の主人が聞いた。
「そうですね。もう真っ暗だし、眠ろうかな」
窓の外を眺めながらアルヴァンが言った。
「では、お部屋の方に案内しましょう」
にっこりと笑って主人が言った。
娘はまだうつむいたままだった。
――なんかあるな。
主人が部屋のドアを閉めて去って行くとフィーバルが言った。
「何かあるね」
アルヴァンが答える。
寝心地の良さそうなベッドには目もくれずに窓の具合を確かめる。
「うん。これなら開け閉めしてもそんなにうるさくなさそうだね」
――ありがてえことに宿屋の裏手に面した窓だしな。
「もうしばらくしたら行こうか」
そう言うとアルヴァンは部屋のランプを消し、ベッドに腰掛けて夜が更けるのを待った。
深夜に窓を通って部屋から抜け出したアルヴァンは人気のない街路を足音を消して走っていた。
「どんな人なんだろうね?」
フィーバルに聞いた。
――さあな、女だってことと馬鹿みてえな魔力持ってやがることしかわかんねえからな。
「ヒルデって名前らしいよ」
宿の主人と娘の会話を思い出しながらアルヴァンが言った。
――そういやそうだったな。
興味なさそうにフィーバルが言った。
「あのおじさんよりも強いといいなあ」
期待を胸に抱きながらアルヴァンは走り続け、昼間訪れた尖塔にたどり着いた。
しかし、塔の入り口では火がたかれ、法衣を着たものたちがうろついていた。
「見張りだね」
物陰に身を隠しながらアルヴァンが言った。
――夜遅くまでご苦労なこった。
「なんでこんな時間まで見張りを付けてるんだろう」
――何でなのかは聖女様とやらに会えばわかるだろ。くくっ、面白くなってきたぜ。で、どうすんだ相棒。今度こそぶっ殺すのか?
楽しそうにフィーバルが言った。
「いや、それよりも……」
アルヴァンは塔の一番上にある窓から漏れる灯りをみていた。
「やってみると意外と上れるもんだね」
塔の外壁の出っ張りに手をかけながらアルヴァンが言った。
塔の裏は見張りが手薄で、隙を見てよじ登ることができた。
――こんなことしなくてもいいんじゃねえか? あのフレドとかいうのをやったときのやつをこの塔にぶちかましゃいいだろうが。
不満そうにフィーバルが言った。
「それだと聖女の姿を見ることなく終わっちゃうかもしれないでしょ。あんなやりとり見せられたら気になるからね」
フィーバルに答えながら腕を伸ばしてまた別の出っ張りを掴む。
――そうかもしれんが……。
「うーん。掴めるところがなくなっちゃったなあ。あと少しなんだけど」
すこし上にある開いた窓を見ながらアルヴァンが言った。
――よし。降りてあいつら皆殺しにして正面突破だな。
嬉々としてフィーバルが言った。
「いや、これを使うよ」
アルヴァンは背負っていた簒奪する刃を抜き、外壁に突き立てた。
剣は易々と外壁に突き刺さった。
「よし」
剣を取っ手代わりにして体を持ち上げ、剣の柄の上に立った。
――よし、じゃねーよ。テメエその剣の価値がわかってんのか。
あきれたようにフィーバルが言った。
「いいじゃない。うまくいったんだから」
アルヴァンは窓枠に手をかけて室内に入ると、窓から体を出して壁に突き立てた漆黒の剣を回収した。
部屋はランプのおかげで明るく、室内の様子がよく見えた。
「うん。僕らも丸見えだね」
――言ってる場合か。とっとと隠れろよ。
「ここには隠れる場所なんてありませんわ」
澄んだ声がした。
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