第9話 聖女が住む街

「見えてきたね」

 額に浮いた汗をぬぐいながらアルヴァンが言った。

 その視線の先には夕暮れの光を受けて輝く町並みがあった。。

 里を出てから三日ほど歩き続けたアルヴァンはついに目的の場所にたどり着いた。


――ほう、ほんとに街があったな。やるじゃねえか、相棒。


「まあ、街自体はどうでもいいんだけどね」

 そう言って、アルヴァンは水筒の水を飲んだ。


――ああ、確かにあの街からは変な魔力を感じるな。しかし、よく里にいたときから気づけたもんだな。


「この剣を手に取ったときからなんだか調子がよくてね」

 布で覆った上で腰に差してある簒奪する刃に手をかけながら言った。


――ははっ。調子がいいときたか。お前はほんとにおもしれえ。


 フィーバルが笑う。

「そうかな?」

 アルヴァンが首をかしげる。


――そうさ。急ごうぜ相棒。ちんたらしてたら夜になっちまう。


「わかってるよ」

 アルヴァンは再び歩き出した。




「大きいなあ」

 街に入ったアルヴァンの第一声がそれだった。

 道は整備されており、建物は木かレンガで造ったものが多い。里の家屋も木製だったが、この街の建物の方が段違いに作りがよかった。そしてなにより、里とは違って人の往来が激しかった。

「人ってこんなにたくさんいるんだね」


――なに馬鹿なこと言ってやがる。この街より大きな街なんていくらでもあるし、そういう街には掃いて捨てるくらい人間が居やがるぞ。


 あきれたようにフィーバルが言った。

「そう言われても、里と全然違うし……」

 レンガ造りの大きな建物をまじまじと見ながら言った。


――あんなクソ田舎のことはとっとと忘れて頭を切り換えるこったな。


「なるべく早く慣れるようにするよ。それよりも……」

 アルヴァンが街の中でもひときわ大きな尖塔を見上げる。


――ああ、あそこからにおいやがるな。魔力が……。




「申し訳ありませんがこの塔は信徒の方以外は立ち入り禁止でございます」

 白い法衣を着た男の一人が丁寧な物腰でそう言った。

「どうしても駄目なんですか?」

 アルヴァンが食い下がる。

 尖塔まで来たアルヴァンは法衣を着た男たちによって足止めされていた。

「どうしても駄目でございますね」

法衣の男が言った。

「…………じゃあ、信徒になるにはどうすればいいですか? 信徒になれば入れてくれるんですよね?」

 しばらく考えてからアルヴァンはそう口にした。

「おお、あなたも聖女様への信仰に帰依したいというのですか? なんと素晴らしいことでしょう」

 大仰な身振りで法衣の男が喜びを表現した。

「ええと、聖女を信仰すれば信徒になれて、ここに入れるんですよね?」

 男の様子にたじろぎながらアルヴァンが言った。

「申し上げにくいのですが、今は新しい信徒の募集はしていないのですよ。ですが、聖女様への信仰を持つことは必ずやあなたの人生をより実り多きものへと変えるでしょう。信仰はすべてを変えるのです」

 そういうと法衣の男たちは全員で祈りを捧げ始めた。

「えっと、僕はこれで失礼します」

 アルヴァンが背を向けてからも男たちは祈り続けていた。




――あんな奴らぶっ殺しゃよかっただろ。


 不満そうにフィーバルが言った。

「それでもいいんだけど何か気になってね」

 アルヴァンが答えた。


――あいつらの魔力か?


「気づいてたんだね」

 少し驚いた様子でアルヴァンが言った。


――テメエ、俺様を誰だと思ってやがるんだ? あいつらの魔力が全く同じだってことくらい気づいてるに決まってんだろ。


 フィーバルが少しばかりの怒りを込めて言った。

「不思議だよね。持っている魔力は一人一人違うって教わったんだけど、あの人たちは……」


――テメエの言うとおり、持ってる魔力ってのは人によって違うもんだ。にもかかわらず、あの連中は判で押したように全員同質の魔力を持っていた。それによ、相棒――。


「うん。さっきからすれ違う街の人たち全員があの法衣の人たちと同じ魔力だよね」


――ほう。なかなかやるじゃねえか。それでこそ俺様の相棒だ。


「だから、もうちょっと――」


「こ、来ないで!」


 アルヴァンが言いかけたとき、誰かの叫び声が聞こえた。

 アルヴァンは声がした方に歩き出した。

 人気のない路地を抜け、角を曲がると、旅人風の三人の男たちが少女を取り囲んでいるのが見えた。

「だからよう。ちょっと俺たちにつきあうだけでいいんだぜ」

「そうそう。行商で稼いだからな。嬢ちゃんもうまいもんが食えるし、酒だって飲める」

「気持ちいいことだって教えてもらえるしな」

 取り囲んだ男たちがゲラゲラと笑った。

 買い物の帰りだったのだろう。少女は食料品の入った籠を抱きかかえ、後ずさった。


「い、嫌です! 近寄らないで!」


 精一杯の声で少女が叫んだ。

 男たちの表情が変わる。

「調子に乗ってんじゃねえぞ! ガキが! 俺たちが誘ってんだぞ! テメエはただ俺たちについてくりゃいいんだよ!」

 男たちにすごまれ、少女は恐怖に震えた。


 そのとき、少女の目に剣を帯びた青年の姿が見えた。

 少女が青年にすがるような目を向ける。

 少女につられて男たちも青年を見た。

「えっと、何でしょうか?」

全員に注目される中、戸惑った様子でアルヴァンが言った。

「なに見てんだテメエ」

 男たちの一人が言った。

「いや、僕はただ街の人たちとは質の違う魔力を三つ感じたから見に来ただけで……」

「なに言ってやがるんだ、こいつ」

「知るか。たいしたことなさそうだが助けを呼ばれても面倒だ。やっちまうぞ」

 男たちの腹は決まったようだ。


「え? やるって、僕を? あなたたちが?」

 アルヴァンがうろたえた。

 それを見て男たちはゲラゲラと笑った。

「なんだこいつ、今更びびってんのかよ」

「いや、だって、あなたたちと戦うなんて……」

「そりゃ嫌だろうな。テメエは今から袋だたきにされるんだからよ。まあ、笑わせてくれたことだし、命だけは助けてやるよ」

 笑いすぎて目に浮かんだ涙をぬぐいながら男が言った。


「そうなんですか? じゃあ、僕も殺さないであげますよ。やったことないから大変そうだけど」

 アルヴァンは腰の剣を包んでいた布を取った。路地の闇よりも暗い漆黒の剣が現れた。

「僕も殺さないでやるだって? 兄ちゃん、あんたは最高だぜ!」

 アルヴァンの言葉に男たちは腹を抱えて笑った。

 そんな男たちを見て、アルヴァンは困ったような笑みを浮かべていた。

「あ、あなたたち、逃げた方がいいわ……」

 ただ一人、この状況の真実に気づいていた少女が震えた声で言った。

「お前ら二人して俺らをからかってんのか?」

 少女までもがおかしなことを言い出したことで男たちの笑いにますます拍車がかかった。


「もう夜になるし、そろそろ始めてもいいですよね?」

 簒奪する刃に手をかけながらアルヴァンが確認を取った。

「ああ、いいぜ。兄ちゃん、かかってきな」

 未だに薄笑いを浮かべている男たち前からアルヴァンの姿が消えた。

 男たちにはそうとしか思えなかった。

 一瞬のうちに一番近くにいた男の後ろに回り込んだアルヴァンは漆黒の剣の側面を男の背中にたたきつけた。

 剣で殴られた男は蹴り飛ばされた小石のように吹っ飛び、顔面から壁に激突した。

 信じられない光景に残った二人の男は絶句した。

「えっと、ぎりぎりまで手加減したからたぶん死んでないと思うんですけど、大丈夫ですよね?」

 アルヴァンが言った。

 残った二人の男は顔を見合わせた。そして、お互いの顔がたとえようのない恐怖にゆがんでいるのを確認すると、慌てて倒れた仲間を担ぎ上げ、一目散に逃げ出した。


「よかった。これ以上やらずに済んで」

 アルヴァンは退屈極まりない戦いが早く終わったことに安堵すると少女に向き直った。

「じゃあ、僕はこれで……」

 そう言って立ち去ろうとしたが、少女から声がかかった。

「ま、待ってください! この街の人じゃないですよね? あの、もう時間も遅いですし、もしよろしかったらうちに泊まっていきませんか? う、うちは宿屋で、シチューがおいしいって評判で、あの、その、だから……」

 少女はすがるような目でアルヴァンを見た。

「うーん、シチューか。そういえば最近食べてないな……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 アルヴァンの言葉に少女は晴れやかな笑みを浮かべた。

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