第7話 神剣草薙
「馬鹿な……」
フレドが呆然とつぶやく。濁流のような魔力の放出が収まったとき、ほとんどのナイフは消し飛ばされ、刃の結界は失われていた。
「まだ終わりじゃないよね」
魔力を放った当の本人は平然とそう言った。
フレドは唇を噛んだ。困惑と恐怖を押し殺し、青年をにらみつける。
「まだに決まってんだろうが!」
印相を組んで残っていたナイフを分身させる。
「行け!」
ナイフの群れを青年に向かって飛ばす。
青年の剣の魔力がふくれあがる。
青年が剣を振るうと再び濁流のような魔力が放たれた。
漆黒の濁流はナイフの群れを押し流していく。
「くそっ!」
フレドはナイフたちが押し負けるのを見ると障壁を展開した。
魔力障壁で濁流を凌ぎ、青年の方を見た。だがそこには青年の姿はなかった。
フレドは自分の後ろで禍々しい魔力が渦巻くのを感じ取った。
瞬時に全力で障壁を張るが間に合わない。
青年の剣から魔力が放たれた。
「やったかな」
アルヴァンは目をすがめて舞い上がった土煙の向こうを見ようとした。
――やったんじゃねーか? で、気分はどうよ。俺様の魔力にもようやく馴染んできたようだが。
フィーバルの声がした。
「うん。はじめはうまく力が出なかったけど、だいぶ馴染んできたね」
アルヴァンは自分の体を流れる魔力を感じ取る。はじめは流れがぎこちなかったが、今はなめらかに流れているのが感じられた。
――乗っ取らずに魔力だけをくれてやるなんて初めてなんでな。あの親父に押されてたときは結構焦ったぜ。まあ、お前がやられるよりも魔力が体に馴染む方が先だったがな。
「そうだね。ようやく慣れてきた感じ」
自身の右手で陽炎のように揺らめく黒い魔力を観察するように見ながらアルヴァンが言った。
――さっきから何度か使ってんのはあのジジイの技か?
「そうだよ。師匠を斬ったら使えるようになったからね」
――うーむ。あのジジイのしょぼい技がこうも見事なものになるとはな。さすがは俺様の魔力だぜ。
「埃が立つのが不便だけどね」
アルヴァンが簒奪する刃で土埃を払いながら言った。
――出てこねえな。やっぱ死んじまったか?
不満そうな声でフィーバルが言った。
「呼びかけてみたら?」
――そうすっかな。おーい、生きてるなら返事しろー。
フィーバルが呼びかけたとき。烈風が土煙を吹き飛ばした。
「やっぱり生きてたね」
煙が晴れたとき、そこには右手に短剣を持った男が立っていた。男は全身血まみれで左腕がなかった。
「フレドさん、だったよね? まだやれるかな?」
「テメエを殺すまではやってやるさ」
アルヴァンの問いかけにフレドは殺意の炎が宿った目で答えた。
「そうこなくちゃ」
うれしそうに言って。アルヴァンは漆黒の剣に魔力を込める。
フレドは右手に持った短剣を上に放り投げると片手で印相を結んだ。
――またそれか。芸のねえ野郎だぜ。
フィーバルが蔑むように言った。
「これはさっきとは違うよ」
瞳を期待に輝かせてアルヴァンが言った。
放り投げられた短剣は上昇しながら次々と分身していく。その数は十を超え、百を超え、千を越え、万を超えてもまだ増える。夥しい数の刃が集まった姿はまるで巨大な塔のようだった。
「神剣草薙。俺の切り札だ。……死んでくれや」
フレドが振り上げた右手を振り下ろす。
気が遠くなるほどの数の刃がアルヴァンに牙をむいた。
アルヴァンは歓喜の表情を浮かべ、目一杯の魔力を簒奪する刃に注ぎ込んだ。
はち切れんばかりの魔力を孕んだ漆黒の剣を一気に振り抜いた。
簒奪する刃から解き放たれたどす黒い魔力の奔流と豪雨のように降り注ぐ刃がぶつかり合った。
二人の全身全霊を込めた一撃の余波はすさまじく、石造りの祭殿もおもちゃのように吹き飛ばされ、周囲の木々はなぎ倒された。
黒い激流は刃の群れごとフレドを押し流さんとし、刃の群れは黒い激流ごとアルヴァンを食い尽くそうとした。
二つの力の均衡が崩れ始めた。
刃の群れが少しずつ、黒い激流の中を進み始めた。
刃の侵攻は少しずつ加速していった。
「あの世であいつらに詫びてこい」
激流と刃のぶつかり合いが甲高い悲鳴のような音を立てる中、フレドはさらに印相を結び、仕留めにかかった。
刃の勢いがさらに増す。
「また今度ね」
アルヴァンが持つ簒奪する刃には先ほどよりもさらに強力な魔力が込められていた。
剣が纏う魔力が獲物を食らうのが待ちきれないとでも言うように揺らめいた。
アルヴァンは再び漆黒の剣を振り下ろした。
二発目の激流は一発目の激流を後ろから飲み込んでふくれあがり、侵攻を進めていた刃の群れを一気に押し流した。
絶望的な光景にフレドが目を閉じたとき、彼の体は黒い濁流に呑み込まれていった。
――この短時間で俺様の力をここまで引き出すとはな。
感心した様子でフィーバルが言った。
「おじさんと戦うのは楽しかったからね」
アルヴァンは自身の魔力がもたらした破壊の爪痕を見ながらそう言った。
魔力の激流は里の外の森にまで達し、森の木々を押し流して大地をえぐり取っていた。
――お前は思ってたよりも見込みがありそうだな、相棒。
「それはどうも」
フィーバルと話しながらえぐられた地面を歩いて行くと、目当てのものが見つかった。
「ば、化け物め……」
アルヴァンの姿を認めたフレドが息も絶え絶えに言った。
「おじさんもでしょ。あれを食らって生きてるんだから」
アルヴァンの言うとおりフレドは生きてはいた。しかし、彼の下半身は吹き飛ばされ、胸はつぶれ、顔の右半分は火にくべられたかのように融け落ちていた。
「お前は……一体、何なんだ……」
恐怖に染まった目でアルヴァンを見ながらフレドが言った。
「そう言われてもね」
アルヴァンは首をかしげると簒奪する刃を振り上げた。
「アーシャ……カイル……みんな……すまん」
フレドの頬を涙が伝い落ちたとき、漆黒の剣が彼の命を終わらせた。
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