第3話 簒奪する刃

「さて、封印は成功したようだね。マヤ、試しに何か命令してごらん」

 アルヴァンの体をしげしげと眺めながらユイが言った。

「ふふっ、犬の真似でもさせてみようかしら」

 マヤは残忍なほほ笑みを浮かべた。

「そいつはいいね。さあ、やんな」

 

 アルヴァンの体がゆっくりと動き出す。顔を上げて前を向き、静かに歩き出した。


「嘘、まだ命じていないのにどうして……」

 マヤが困惑してユイの方を見る。

「落ち着くんだよ。封印は終わってるんだ。あたしらに手出しはできない」


 アルヴァンが両手でゆっくりと簒奪する刃を振り上げる。


「おばあさま!」

 マヤが切迫した声を上げる。

 

アルヴァンは振り上げた剣を逆手に持ち替えた。


「一体何を……?」

 ユイが疑問に思った次の瞬間、アルヴァンは両手を振り下ろし、自分の腹に簒奪する刃を突き刺した。

「自殺するつもり⁉」

「違う……、これは……、マヤ! もう一度封印するんだ!」

 自分自身に剣を突き立てたアルヴァンに面食らっていた二人だったが、いち早く異変に気づいたユイが叫んだ。

「封印ならさっき済ませて……そんな! 封印が破られた⁉」

 ユイに遅れてマヤも異変に気づく。

 

 剣を突き刺したにもかかわらず、アルヴァンの体にはキズ一つついていなかった。

 慌てて封印の準備に取りかかるがアルヴァンの方が早かった。

 簒奪する刃は構えた杖ごとマヤの体を横薙ぎに切り裂いた。


「ぐうっ!」

 マヤが苦悶の声を上げて膝をつく。

「おのれ! 薄汚いマレビトが!」

 ユイはアルヴァンを罵るとアルヴァンを指さした。

 ユイの指先に魔力が集まっていく。

 

 アルヴァンはユイの方を向いた。

 その顔にはわずかばかりの笑みが浮かんでいた。

「はっ! 脅しだとでも思ってるのかい! 死んで後悔するんだね! 白雷!」

 マヤの指先から白い光線が放たれた。光は薄暗い祭殿を照らしてアルヴァンに向かって飛んだ。

 狙いは心臓。きわめて正確な攻撃だった。

 

 しかし、高熱を孕んだ白い光はアルヴァンには当たらなかった。

 弾かれたのだ。

 アルヴァンが纏う、どす黒く禍々しい魔力によって。

 弾かれた光線は祭殿の壁に当たり、石の壁は高熱で融け落ちた。

「ば、馬鹿な! 弾いたってのかい! 垂れ流しにしてる魔力だけで⁉」

 予想外の結果を目の当たりにしてユイがよろめいた。


――なに驚いてやがるんだババア、俺様の魔力だぞ。テメエごときのちんけな術で貫けるとでも思ったのか?


 心底楽しそうにフィーバルが語りかけた。

「この化け物め!」

 血の気が引いた顔をしながらも、憎しみのこもった目を向け、今度は手のひらをアルヴァンに向けた。

 先ほどと同じように魔力がユイの手に集まる。

「今度は全力だ! 灰になりな!」

 口角泡を飛ばしてユイが叫ぶ。

 ユイの手のひらから先ほどの光線の三倍は強い光を放つ光弾が放たれた。


「いやだよ」


 アルヴァンはそう言って左手を上げる。渦巻くようにアルヴァンの左手に黒い魔力が集まっていく。

 飛んできた光弾をアルヴァンは左手でつかみ取った。

 掴んだ光弾をためすがめつ眺める。

「つ、掴んだ! あたしの魔力の塊を掴みやがった!」

 信じがたい光景を目の当たりにしたユイが叫ぶ。

「たいしたことないね」

 こともなげにそう言うと、掴んでいた光弾を握りつぶした。

 アルヴァンはユイに向かってかけだした。

「くそっ!」

 ユイは悪態をつきながらも魔力による障壁を展開した。

 アルヴァンが振るう簒奪する刃と魔力障壁がぶつかった。

 衝突は一瞬で終わった。

 アルヴァンの剣は障壁を紙切れのように切り裂き、ユイの体に達した。

「おおああああ!」

 斬られたユイは獣のような叫びを上げた。


「うるさいなあ」

 ユイを倒したことを確認したアルヴァンは祭殿の外に向かって歩き出した。

「ま、待ちなさい……」

 倒れていたマヤがかすれた声で言った。

「生きてたんだ」

 足を止め、少し意外そうにアルヴァンが言った。

「悪いけどかまってられないよ」

「なにを言って……」

「聞こえないかな?」

 アルヴァンに言われて耳を澄ますと足音と人の声が聞こえた。

「みんな……」

 応援が来ることを知り、マヤの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 

 アルヴァンの顔には喜悦の表情が浮かんでいた。

「うん、みんな殺さなきゃね」

 マヤの顔から安堵が吹き飛ぶ。

「あなた、一体なにを……」

「みんな壊そうかと思って」

 少しだけうれしそうにアルヴァンが言った。


――ひゃっはっはっ。おもしれえだろ、こいつ。


「フィーバル、あなたが、彼を……」


――ああ? なに勘違いしてやがんだ? 俺は操ってなんかいねえ。これはこいつの意思さ。こいつの心の中はすげえぞ。こんな心を持った奴は俺も初めて見るぜ。人間にしておくのがもったいねえくらいさ。


 フィーバルの言葉にマヤは絶句した。

「操っていない……。そんなはずは……」


――まだわかんねえのか? 騙してたのはてめえらだけじゃなかったってことさ。こいつもお前らを騙してたんだよ。なにもかも壊したいっていう、欲望を抱えてな! 


 十七年一緒にいたはずなのに完全に騙されていたことを知り、マヤは怪物を見るような目でアルヴァンを見上げた。


――よーやく自分たちが何をしたのかわかったみたいだな。まあ、手遅れだけどな。さあ、相棒、久しぶりの娑婆だ。存分に暴れようぜ。


「そうだね。まずはあの人たちから」

 そう言うと、アルヴァンは祭殿の外に出て行った。

「ま、待ちなさいアルヴァン! アルヴァン!」

 マヤの言葉がアルヴァンに届くことはなかった。

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