第2話 欲望の覚醒
「こ……れは、い……った……い」
――ひとことで言うとな、相棒、お前はこの里の連中にはめられたんだよ。そうだろ、ババア! この可哀想な生贄に説明してやれよ!
「相変わらずやかましいことだねえフィーバル」
ユイは笑っていた。しかし、それは先ほどまでの親しみのこもった笑みではなかった。
「おばあさま。封印術を起動しました」
いつの間にか魔術用の杖を構えていたマヤがそう言った。
アルヴァンが足元に目をやると複雑な魔法陣が展開されていた。
「よし、封印が完了するまで時間があるね。そこのマレビトに自分が置かれてる状況を説明してやろうかね。
ロプレイジ帝国とグロバストン王国、この二つの巨大国家が覇権を争ってるのは知ってるね。もう十七年も前のことさ、当時帝国は劣勢に立たされていてね。藁にもすがる思いだったのか、頭がいかれちまったのか知らないが、精鋭を集めてある部隊を作った。
遺物(エピック)探索部隊。伝説の武具を探す部隊さ。おまえ以外のこの里の人間は帝国の遺物探索部隊の生き残りなんだよ。部隊なんて言えば聞こえはいいが、何せ探すもんが遺物だ。神々の戦争で用いられたなんていういわくつきの代物がそうホイホイ見つかるわけもない。あたしらは伝説だか言い伝えだかの噂を聞きつけちゃ東奔西走した。ずいぶんこき使われたもんさ。
だが、ある日、あたしたちは探索の任務中に遺物を発見した。掛け値なしの超一級品さ。魔神が封じられた剣、その名は『簒奪する刃』。遺物の力を目の当たりにしたときあたしたちは思った。あたしたちを犬みたいに扱ってくれた帝国の奴らにくれてやるのはもったいないってね。それで、遺物を回収したあたしたちは隠れ里を作り、王国の方に遺物をくれてやるための準備を始めたってわけさ」
「それが……僕に何の関係が……?」
「おや、しゃべれるのかい。まあ、聞きな。話は終わっちゃいないんだよ。遺物の確保には成功したものの、そいつには難点があった。剣を使おうとするものは剣に封じられた魔神フィーバルに魂を乗っ取られて暴走した挙句、魔神の力による負荷に耐えられなくなって、壊れちまうんだよ。いくら強くても制御できないんじゃ使い物にならない。
そこで、マレビトであるお前の登場さ。悪魔の血を引くと言われるマレビトの体を器にして魔神を入れて、特別な封印術で自我を奪い、操り人形にする。これで世界初の遺物兵器の出来上がりさ」
「僕は……最初から……」
もうろうとする意識の中でなんとか言葉を絞り出す。
「そう。お前は最初から王国に献上する道具にするために育てられたのさ。ああ、そうそう、ついでにこれも伝えとこうか。お前は里を訪れた旅人が捨ててった子供だって教わっただろう? 両親に捨てられた可哀想な赤ん坊のお前を里のみんなが愛情を込めて育てた。そう思ってたんだろう? あたしたちの言葉を疑いもせずに」
ユイは満面の笑みを浮かべた。アルヴァンの反応を見るのが楽しみでたまらないというように。
「そいつは真っ赤なウソさ。お前は『簒奪する刃』を守っていたマレビトの村の最後の生き残りなんだよ。あたしたち探索部隊は遺物を発見したものの、そいつを守っていたマレビト共はあたしらに遺物を渡すのを拒んだのさ。仕方なくあたしたちはマレビト共を騙して遺物を奪った。
そこまでは良かったんだ。だが、さっきも言ったようにそこの魔神が剣を持った奴にとりつきやがってね。もう大惨事さ。マレビト共もやむにやまれずあたしらに手を貸して、なんとか剣をもう一度封印することに成功した。まあ、闘いの中で村のマレビト共は殆ど死んじまったがね。
で、紆余曲折を経て遺物を手に入れたあたしたちは考えた。こいつを使いこなすにはどうしたらいいかをね。そして思いついたのがマレビトを器にして封印術で遺物の力を制御するって方法さ。どうだい、実に素晴らしい案だろう?」
それまでの楽しそうな表情を引っ込めてユイは大仰に首を振り、わざとらしく嘆きながら話を続ける。
「ところがどっこい。肝心の器になるマレビト共が大反対しやがったのさ。あたしらは器がほしい。奴らは器になんてなりたくない。となればやることは一つさ。計算外だったのは奴らを生け捕りにできなかったことだね。
それで、あたしらは仕方なく生まれて間もない赤ん坊をさらった。赤ん坊が器として使えるようになるまで育てるなんていう気が遠くなるような計画だったが、赤ん坊は自分の身に起きたことなんてつゆ知らず、十七年間すくすくとのんきに育った。無事計画は成功し、ついに赤ん坊は自分に課せられた役目を果たすことになったのさ」
「勝手……な、……ことを……」
「はん。汚らわしいマレビトのお前を育ててやったのは事実なんだ。感謝して欲しいくらいだよ」
吐き捨てるようにユイが言った。
「おばあさま、もうすぐ封印が完了します」
マヤが淡々と告げる。アルヴァンが足元を見ると魔法陣が放っていた輝きが徐々に弱くなってきていた。
「そうかい。いよいよお前ともお別れだね。封印術によってお前の自我は失われる。道具として生まれ変わるのさ。……あー、ところでお前、なんて名前だったかね?」
奥歯を噛みしめて、ほんの数分前まで恩人だった老婆を睨みつけた。
「はははっ! そんなに怖い顔するんじゃないよ、アルヴァン。人生最後の瞬間を笑って過ごせるように冗談を言ってやっただけじゃないか。だがまあ、楽しい時間も終わりだ。お前の足元の魔法陣の光が消えた時、お前という人間は消えてしまうのさ。くくっ、ははは、はーっはっはっ!」
ユイの笑い声が大きくなるにつれて魔法陣から光が失われていき、ついには完全に消え去った。
アルヴァンの体から力が抜ける。両手だけは簒奪する刃をしっかりと握っているものの、その目に光はなかった。
「封印、完了しました」
マヤがそう言うとユイは満足気に大きくうなずいた。
「よくやった」
アルヴァンには二人のやり取りがひどく遠く聞こえた。手足の先から順に体の感覚がなくなっていくのがわかる。ユイが言っていたように自分はこのまま消えるのだろう。そう悟った時、頭のなかに声が響いた。
――何だ、諦めんのか? ババアどもに騙されたあげく、消されちまうのか?
そう言われても。
――おいおい、この期に及んでまだ寝ぼけてんのか? このままだとお前本当に消えちまうんだぞ?
そうだね。
――やられっぱなしで悔しくねえのかよ?
そんなに悔しくはないかな。でも……
――ん? 何だ?
みんな、壊してやりたい。
――へえ、お前、なかなかいいじゃねえか。気に入ったぜ。お前にいいことを教えてやる。ババアも知らない、この剣の秘密をな。
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