第4話 宴の始まり
祭殿を出たアルヴァンを迎えたのは武装した里の住人たちだった。
――おーおー、団体さんのお出ましじゃねえか。
フィーバルの声を聞いた住人たちに緊張が走った。
「そうか、隊長は失敗したんだな」
先ほど祭殿に向かうアルヴァンに声をかけてくれた男が言った。
「もうお芝居は終わりだね」
アルヴァンが言った。
「全員でかかるぞ! 相手は遺物だ! 気を抜くなよ!」
男の声に住人たちが応じた。
槍や剣を構えた四人の男たちが一斉に襲いかかった。
アルヴァンは簒奪する刃を持った右手をだらりと下げたまま、身動きせずに攻撃を受けた。
「やったか⁉」
攻撃に加わらなかった後衛の住人たちが言った。
「ほら、答えてあげなよ」
アルヴァンの声がした。
その事実に後衛の住人たちが困惑していると攻撃した四人が声を上げた。
「な、なんなんだお前は!」
「何なんだって言われても……」
アルヴァンが首をかしげる。
その体には槍や剣が打ち下ろされているが傷一つついていない。
武器はアルヴァンの体に触れることはできず、アルヴァンが纏う黒い魔力によって止められていた。
四人の男たちは歯を食いしばり、なんとか武器をアルヴァンに押し込もうとするがびくともしない。石の壁を押しているかのようだった。
「魔力障壁だ! 下がれ!」
後衛の指示を受け、前衛の男たちがいったん下がる。
「これならどうかしら!」
後衛の女が弓を引き絞る。つがえた矢には魔力が込められていた。
矢が放たれた。
矢は一直線にアルヴァンの額に向かって飛び――弾かれた。
「こんなものなの?」
瞬き一つせずに頭に飛んできた矢を魔力で弾いたアルヴァンが言った。
「か、固い!」
矢を放った女が結果に目を見張る。
「今度はこっちの番かな」
そう言って足下に転がっていた石を手に取ると、魔力を込め、無造作に放り投げた。
石は先ほどの矢とは比べものにならない速度で飛び、弓を構えた女の足下に当たった。
次の瞬間、轟音とともに石が当たった地面が吹き飛んだ。
舞い上がった土が煙のように広がり視界を奪った。
「なんだ! なにが起きた!」
慌てふためいて里の住人が声を上げる。
風が吹いて土煙が晴れると、大人が三人は入れそうな大穴があいていた。
弓を持った女は穴のそばに横たわっていた。
「痛い……、痛いよ……」
うわごとのようにそう言い続ける女には膝から下がなかった。
ちぎれた足からは女の脈に会わせて血が噴き出していた。
「外れたね」
少し残念そうにアルヴァンがつぶやいた。
女の無残な姿に住人たちは言葉を失った。
呆然としている住人たちにアルヴァンが声をかけた。
「でも、これだけあれば当たるよね」
そう言ったアルヴァンは足下に手頃な大きさの石をかき集めていた。
住人たちの背筋が凍った。
「うおおおお!」
雄叫びを上げて斧を振り上げた男は魔力を纏って飛んできた二つの石に上半身を消し飛ばされた。
「いやああ!」
背を向けて逃げ出した女は頭に石を当てられ、首から上が消えてなくなった。
「この野郎!」
「死ね! 化け物!」
二人で襲いかかった兄弟のうち、兄は右肩に石を受け、弟は左胸に石を受けた。二人とも即死した。
里の住人たちはもはや戦意を失っていたがアルヴァンの投石は止まらない。
「もうないか」
足下にあった石を投げ終わったとき、アルヴァンの周囲には少し前まで人間だったものの残骸がいくつも転がっていた。
――石投げるの下手くそだな、相棒。
愉快そうにフィーバルが言った。
「そうかもね」
特に気にした様子もなくアルヴァンが認めた。
――で、次はどうするんだ? まさか、これで終わりだなんて言わねえよな。
「まさか」
そう言ってアルヴァンは民家の方へ歩いて行った。
簒奪する刃から血を滴らせて、最後の家から出てきたアルヴァンの前にユアンが立ちふさがった。
「やあ、師匠」
返り血に染まった顔でアルヴァンが言った。
「お前は……!」
ユアンの顔が憤激に赤く染まる。その手には木剣ではなく真剣が握られていた。
――お、こいつ師匠なのか? たいしたことなさそうだが。
「これが魔神フィーバルか」
フィーバルの声を聞いたユアンが言った。
――そうだ。俺様が破壊の化身、フィーバル様よ。ババアと相棒のおかげでこうして出てこられたわけさ。
歓びをにじませた声でフィーバルが言った。
「アルヴァンよ、育ててもらった恩も忘れたか」
「育ててもらったけど恩義を感じたことはないね」
少し考えてからアルヴァンが答えた。
「騙されていたのは我々の方だった訳か」
諦念をにじませてユアンがつぶやいた。
――よく言うぜ。こいつの両親をぶっ殺したのはお前だろ。
「そうだね」
アルヴァンが言った。
「知っておったというのか⁉」
ユアンが驚いて目を見開いた。
「うん。見てたからね」
「あのときまだお前は赤ん坊で……いや、そうだな。お前は知っていたんだな。それで復讐の機会を待って――」
「いや、それはどうでもいいんだけど」
アルヴァンが言った。
「な、なんだと⁉ 復讐が目的ではないのか⁉ ならば一体何のためにこんなことを……」
「…………壊してみたくなって」
少し考えた後、アルヴァンが言った。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「やはりマレビトか、貴様は化け物だ。ここで成敗してくれる!」
ユアンが鞘を払う。磨き抜かれた刀身がユアンの魔力を受けて青く光った。
――自分のやったことは棚に上げてよく言うぜ。相棒! 準備はいいか?
「いつでもいいよ」
そう言ってアルヴァンは簒奪する刃を構えた。
「ふんっ!」
裂帛の気合いとともにユアンが剣を振り下ろす。
だが剣の間合いの遙か外だ。アルヴァンがいぶかしく思ったとき、青い光の刃が飛んできた。
剣で受けたが、光の刃に押されバランスを崩す。
「そこだ!」
光の刃を放つとともにアルヴァンの横に回り込んでいたユアンが剣を振るう。
なんとかユアンの剣を躱す。反撃しようと剣を振り上げたが、ユアンはすでに間合いの外まで飛び下がっていた。
再びユアンが青い光の刃を放つ。アルヴァンは横に飛んで刃を避けたが、そこを狙ってユアンは二撃目の光刃を放つ。
今度はよけきれず、簒奪する刃で受けた。
ユアンが踏み込む。強い魔力を纏ったユアンの刃がアルヴァンの脇腹をかすめた。
アルヴァンが脇腹に手を当てると少しだけ血がにじんでいた。
――光刃で崩したところを斬る……か。しゃらくせえやり方だな。
「ふん。貴様には見せていなかったなアルヴァン。これがマレビトの里の奴らを葬った俺の剣術だ。どうだ手も足も出まい」
アルヴァンは足下に転がっていた石を拾うと魔力を込めて投げつけた。
だが石は外れ、ユアンの後ろの木をへし折っただけだった。
「大した威力だが当たらなければ意味がないぞ」
そう言ってユアンは笑うと、また光刃を放った。
アルヴァンが剣で光刃を弾いたところにユアンが飛び込んだ。
「死ね!」
アルヴァンの首を狙って振り抜かれたユアンの剣は空を切った。
しかし、アルヴァンの首にはうっすらと傷ができていた。
「惜しかったな。次は当ててやる」
間合いを取りながらユアンが言った。
――なあ、相棒、いいことを教えてやろう。実はな……。
そう言ってフィーバルはアルヴァンだけに語りかけた。
フィーバルの言葉を聞いたアルヴァンの顔に笑みが浮かぶ。
「へえ、そんなこともできるんだ」
――おうよ。やってみな。
「何だ? 一体なにを企んでいる?」
アルヴァンの変化に気づいたユアンがいぶかしげに言った。
「いや、ちょっと魔術を撃とうかと思って」
「魔術だと……はっ、なにを言うかと思えばそんなことか。修行もしていないお前が俺に効くような魔術など撃てるものか」
ユアンはアルヴァンの言葉を鼻で笑って切って捨てた。
アルヴァンがユアンに指を向ける。
「白雷」
そう言った瞬間、アルヴァンの指から白い閃光がほとばしった。
「なっ⁉」
驚いたユアンが反射的に白い光線を剣で受けた。
「このっ!」
だいぶ押されたが、なんとか光線をそらした。
ユアンは呆然とアルヴァンを見た。
「馬鹿な……これは隊長が編み出した攻撃魔術……。隠れて修行していたとでも言うのか……いや、ありえん……隊長が教えるわけがない。お前は一体……」
――ひゃはは。いい顔するじゃねえか。
「うまくいったね」
――ジジイ! この簒奪する刃はな、単なる俺様の器じゃねえ。斬った奴の魂を奪う魔剣なんだよ。
「何だと⁉ では、今の術は……」
――そうさ。ババアを斬ったことでこいつが身につけたのよ。便利だろ。
「そうだね」
アルヴァンがうなずく。
「ちっ、甘く見ていたか」
苦々しげにユアンが言った。
――さあ、こっからが本番だぜ、相棒!
「うん。やろうか」
そう言って今度は五指をユアンに向けた。五本の指それぞれに魔力が収束していく。
「白雷」
五本の光線がユアンに向かって飛んだ。
「五発同時発射だと⁉」
ユアンは必死になって剣を振るった。
二発をそらし、一発を躱すことには成功した。
だが、右腕と左足を失った。
ユアンがバランスを失って地面に倒れる。
「あ、悪魔め……」
立ち上がることもできずに地面に横たわったままユアンが憎しみを込めて言った。
「そうかもね。マレビトだし」
アルヴァンは簒奪する刃を振り上げた。漆黒の刀身が怪しく光る。
「お前は一体なにを為すというのだ」
「どうでもいいでしょ。ここで死ぬんだから」
剣が振り下ろされた。
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