【番外編】エルヴィラの贈り物ー完
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一ヶ月後。
朝食の席で、わたくしは緊張を隠しながらルードルフ様に言いました。
「ルードルフ様」
「なんだい? エルヴィラ」
ルードルフ様はデザートの苺のコンフィチュールのパイを食べ終えようとするところでした。
「実はわたくし、ルードルフ様にささやかながら贈り物を用意しましたの。受け取ってくださいます?」
「贈り物? どうして? ハンカチをもらったばかりじゃないか。刺繍を入れた」
「……そのことは仰らないでくださいませ」
「気に入っているよ」
おそらくは本心からルードルフ様はそうおっしゃいます。わたくしはできるだけ落ち着いた声を出すように心がけました。
「この前、ルードルフ様から馬と厩舎をいただいたでしょう? そのお礼ですわ」
「いや、でも、それはあのとき言ったじゃないか。私が贈りたいから贈ってるって」
「もちろんルードルフ様のお気持ちはわかっているつもりですわ。ですが、同じようにわたくしもルードルフ様に何か贈りたいのです」
「それは嬉しいけど」
「ルードルフ様のような贈り上手にはなれませんけども」
「いや、私は数が多いだけで上手とは言えない……」
わたくしは微笑みます。
「ルードルフ様の贈り物はいつも的確で、わたくし本当に暖かい気持ちになります」
「その言葉だけで充分なんだけど……じゃあ遠慮なくいただくよ」
「では。朝食が済んだら付き合ってくださいますか?」
「どこへ?」
「ルードルフ様の執務室へ」
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「これは……驚いたな。いつの間に?」
「こっそりと時間を作りましたの」
ルードルフ様の執務室には、わたくしがルードルフ様のいらっしゃらない間に運ばせた大きな絵が飾られていました。
そこにはまるで春を切り取ったかのような薔薇の生垣が生き生きと描かれています。
「いいね。匂いまでしそうだ」
ルードルフ様が楽しそうに仰いましたので、わたくしはほっとしました。
「執務の気分転換にいかがかと思いまして。もちろん、気が散るようなら別の場所に飾りますわ」
「いや、気に入ったよ、ありがとう。なんという画家かな?」
「ヨーゼフ・アルムホルドさんとおっしゃる方です」
「ヨ?!」
ルードルフ様はサインを確認して、目を丸くしました。
「ほんとにヨーゼフ・アルムホルドだ! 今一番売れている画家じゃないか!」
「シャルロッテ様のお知り合いらしく、お話ししたら興が乗ったとかで快く引き受けてくださいました」
「シャルロッテが? いつの間に?」
「ご助言いただきましたの」
「はー、なるほど」
ルードルフ様は食い入るように絵を見つめてから呟きました。
「初めてエルヴィラと出会った公爵家の庭を思い出すね」
同じことを考えてくださったとわたくしは胸を高鳴らせておりますと、ルードルフ様がじっとわたくしを見つめていることにきがつきました。
「ルードルフ様?」
「エルヴィラ」
「はい」
「ヨーゼフ・アルムホルドにまた頼みがあるんだが」
「どうされたんですか?」
「ここに」
ルードルフ様は薔薇の絵の隣を指します。
「同じくらいの大きさのエルヴィラの肖像画が欲しい」
「わたくしの、ですか?」
「ああ、やはりあの風景にはエルヴィラがいなくては」
「ですが、それはちょっと大きすぎでは」
「楽しみだなあ」
「あの、ルードルフ様」
だから言ったじゃないですか、というシャルロッテ様の声が聞こえてきそうでわたくしは慌ててルードルフ様を説得しようとしました。
ですが。
「エルヴィラ様、はい、こちらを向いて座って……はい、その感じです」
「頼むぞヨーゼフ殿。エルヴィラの美しさ、神々しさを写し取ってくれ」
「おまかせください! 腕が鳴りますね」
……執務室には二枚の絵が並ぶことになりました。
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