【番外編】リシャルドの弱点ー2
「って、なんだよ!」
「いいから来い」
その夜。
いつものように作業を終えて帰ろうとしたユーレは、ユゼフは引き留められ、とある料理屋に連れて来られた。
いつも行く騒がしいバルと違い、個室に上等な料理が何皿も運ばれてくるような店だ。
「俺、着替えなんかないぞ」
一日の作業を終えたユーレは、かなりくたびれた格好だ。
「大丈夫だ、そのままでいいと言われている」
「言われている? 誰に?」
「来ればわかる。ああ、予約の者だ」
店員と短い会話をしたユゼフは、ユーレを無理やり個室に押し込んだ。
「んだよ!」
声を荒げたユーレだが、部屋の中に先客がいることに気付いて、ハッとした表情になった。
「おう、待ったか? 悪い」
しかし、驚いたことにユゼフは、その人物に向かってくだけた口調で話しかけ、親指でユーレを指して笑うのだ。
「こいつがぐずってな」
目を見張るユーレに先客ーーリシャルドも気楽な様子で答えた。
「いいさ。私も今来たところだ」
「食事は?」
「合図をしてから運ばせるように言ってある」
「なるほど」
やり取りを見ていたユーレは、眉間に皺を寄せた。それを見たリシャルドが、笑いをこらえたように言う。
「嫌そうだな。私がいたらいけないか?」
それには答えず、ユーレは辺りを見回した。
「護衛は?」
見たところ、部屋にはユーレとユゼフ、リシャルドの三人だけだ。
「まさか、護衛も付けずにこんなとこに?」
それをどう捉えたのか、ユゼフは朗らかに言った。
「礼儀とかは気にするな。ここは完全に三人だけだからな。思ったことを言っていい」
「いや、礼儀とかじゃなく……公爵家のお偉いさんが護衛も付けずにいるなんてあり得ないだろ」
困惑するユーレに、リシャルドが説明する。
「護衛なら邪魔かと思って、置いてきたよ。ゆっくり君と話したくてね」
リシャルドは楽しそうに付け足した。
「そう、話さーーこんなふうに」
ユーレの体は、リシャルドの言葉が終わる前に動いていた。
ガシャ!!
不意を突いてリシャルドが振り下ろした剣を、ユーレはナイフで受け止めた。
——念のために持っていてよかった。
ナイフを目の高さに掲げながら、ユーレは背中でユゼフを守った。
「いいね」
しくじったはずなのに、リシャルドは嬉しそうに言い、剣を構え直した。
——なに考えてんだ。
ユーレはじりじりと間合いを計る。
意図はわからないが、ユゼフだけでも逃がさないと。
こいつは強い。
ただのお貴族様ではない。
「なるほどね……」
なにかを納得した様子のリシャルドは、ユーレから目を離さず言った。
「合格だ!」
「は?」
リシャルドは、唐突に剣を下ろした。
「この通り。もう斬らないから話を聞いてくれ」
信じられるか、とそのままの体勢を続けるユーレにリシャルドは頷いた。
「油断しないところもいい。君の言った通りだ、ユゼフ」
「当たり前だ」
ユゼフはユーレの背後で呑気に暴露した。
「宮廷騎士のユリウス・マエンバーを舐めんじゃねえぞ」
「馬鹿お前!」
思わず叫んだユーレ——ユリウスの気持ちを読んだかのように、リシャルドは快活に笑った。
「何を今さら。君もわかっていたんだろ。昼間、私を見たときから」
チッと舌を鳴らしたユリウスは、諦めてナイフを下ろした。
やはりあのときから気付かれていたのか。
「……情報屋のレオンがなんで港にいるのかと思っただけだ」
リシャルドと会うのは、これが初めてではなかった。以前、バルで顔を合わせていたのだ。
ただし、そのときのリシャルドは公爵家の跡取りではなく、胡散臭い情報屋の「レオン」だった。
それがが今日、貴族として港を視察していたのだから、驚きもするし警戒もする。
なのに。
目の前のリシャルドはあっけらかんとユゼフに笑いかけるのだ。
「ユゼフの言う通りだな。あんな短い時間なのに、よく私の顔を覚えていたね」
「当たり前だ」
なぜかユゼフが自慢げに言った。
「こいつの物覚えのよさは別格だぜ。一度会っただけの俺のこともちゃんと覚えて、追いかけてきたからな」
変装して城に忍び込んだユゼフを、港のギルド長だと見破ったことが、ユリウスとユゼフの出会いだった。
そのことも簡単に話すんだな。
なぜか裏切られた気分で、ユリウスは椅子に座った。
「それで、こんな茶番までして俺を連れ戻しに来たのか?」
前王アレキサンドルと近しい立場だったユリウスは、一連の政変に関して、自分は何もできなかったという自責の念に駆られていた。
アレキサンドルなどいなかったかのように動き出す新しい宮廷にも馴染めず、父親と口論になって、突発的に家を出た。
あてもなく町を歩いていたらユゼフに偶然再会し、身分を隠して港で働かせてもらえるようになったのだ。
父親が自分を探していることは予想がついていた。
さっきの立ち会いの意図はわからないが、自分の正体を知っているなら連れ戻すために来たのだろう、とユリウスは思っていた。
そして、リシャルドに自分がここにいることを話したのはユゼフだろう。
そのことに、ユリウスは勝手に傷付いていた。
追い出すなら、ユゼフの口から言ってほしかった。こんなふうに騙し討ちみたいなことはされたくなかった。
だが、それは自分の勝手な言い分だ。
ユゼフが親切から動いてくれただろうことは予想がつく。
せめて、迷惑がかからない形で出ていこう。
ユリウスは、短い間にそれだけ考えて、決意した。
「わかった、戻るよ。ただし、港の人たちは関係ないことにしてくれないか。俺が勝手にやったことだ」
向かいに座ったリシャルドは、笑みを含んだ瞳で言った。
「近いが少し違う」
「違う? なにがだ」
「まず、さっきのは茶番ではなく勧誘だ」
「勧誘? 俺を?」
「ああ、ユリウス・マエンバー。宮廷騎士ではなく、私付きの騎士として戻ってくれないか。お父上は私が説得しよう」
ユリウスは険しい目で問い返した。それだけのために、こんな場を作るわけはない。他に目的があるはずだ。
「……どういうことだ?」
リシャルドは満足そうに頷いた。
「言葉通りに取らないところも、申し分ない」
ゾクッとするような低い声でリシャルドは言った。
「つまり、君に引き継いでほしいんだ——情報屋レオンを」
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