【番外編】ローゼマリーの恋6ー利用
次の日。
フリッツ様がわたくしの執務室までいらっしゃいました。わたくしは、執務机の前のソファでフリッツ様と向かい合うように腰かけます。すぐに本題に入りました。
「馬丁のハンスですが、もう長いのですか?」
フリッツ様は端的に答えます。
「ここ、五、六年というところですね」
「以前はどこに?」
「シーラッハ伯爵のところで長年働いていたようです。ちょうど宮廷の馬丁が一人辞めたので、伯爵の紹介で来たんですよ」
シーラッハ伯爵。
その名前には聞き覚えがありました。
「シーラッハ伯爵のご令嬢、デボラ・シーラッハ様といえば、以前、ルードルフ様の婚約者候補に上がっていたお方ですね」
フリッツ様は少しだけ、目を大きく開きましたが、すぐに肯定しました。
「はい」
わたくしは微笑みながら、聞かれる前に答えました。
「デボラ・シーラッハ伯爵令嬢と、パトリツィア・クッテル公爵令嬢が、ルードルフ様の婚約者として最有力候補だったと、以前、クラウディア様が教えてくださいました」
もちろん、最有力候補以外の候補者の方たちのお名前も教えていただいております。
「皇后様が……」
フリッツ様が力なく微笑みます。必要以上に彼女たちの名前をわたくしの耳に入れないようにと、ルードルフ様に言われていたのかもしれません。わたくしは先回りして答えました。
「ルードルフ様がわたくしのことを心配してくださっているのは、よくわかっておりますわ」
フリッツ様は、苦笑します。
「そう仰っていただけるとありがたいです。エルヴィラ様がゾマー帝国に来たばかりの頃の皇太子殿下ときたら、余計な不安を抱かせないようにと、あらゆる手を打とうとしていたのですから」
わたくしのことを、誰よりも案じてくださったルードルフ様です。不安の種になるようなことは伏せて置きたかったのでしょう。
「デボラ様もパトリツィア様も、今は別の方と婚約中であることも知っておりますわ。ご安心くださいませ」
「ほっとしました」
帝国に来たばかりのことを思い出しながら、わたくしは言います。
「そんな右も左もわからないわたくしが、安心して『乙女の百合』を育てられたのはクリストフ率いる騎士の皆様がいたからです」
温室に籠るわたくしを、影に日向に守っていてくださっていたことはわかっておりました。
トゥルク王国での一件で、いろいろな処罰を検討されたクリストフたちですが、王国での働きと相殺されて、謹慎のみとなりました。
不満の声もありましたが、王国を領邦にできたのは彼らの働きが大きいと、ルードルフ様が説得したのです。
その謹慎も、もう終えています。
そろそろクリストフにも幸せになってもらいたいと思っているわたくしは、フリッツ様に単刀直入に言いました。
「フリッツ様はこの件、どう思いますか?」
ルードルフ様の婚約者候補であるデボラ・シーラッハ伯爵家の紹介で来たハンス。
クリストフへの印象を貶めるようなことを言ったアヒム。
身に覚えのない噂を立てられたローゼマリー。
それぞれ無関係なのでしょうか?
わたくしは重ねて問いました。
「ローゼマリーとクリストフの二人の仲を裂くことが目的だと思いますか?」
「いいえ」
フリッツ様はあっさり答えました。
「侍女と護衛騎士の仲を裂いて、得をする人は少ないでしょう。どちらかというと、エリック様を失脚させたいんじゃないでしょうか」
わたくしは何も言わず、先を促しました。フリッツ様は、少しだけ声を小さくします。
「このままだと、エリック様が大神官になることは決まっています。それを邪魔したい誰かが流した噂でしょう」
「エリック様を失脚させるためにローゼマリーが利用されたと?」
「はい」
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