【番外編】ローゼマリーの恋4ー誤解

次の日から、ローゼマリーが刺繍に取りかかりました。


「どうですか?」


わたくしが声をかけると、集中していた様子のローゼマリーは、ハッとしたように答えました。


「あ、エルヴィラ様! 申し訳ありません! つい、夢中になって」


わたくしは微笑んで、隣に腰掛けました。


「こちらこそ突然ごめんなさい。一枚見せてくれる?」

「はい」


ローゼマリが手渡してくれたハンカチを広げます。丁寧なステッチが施されていました。


「素敵だわ」

「エルヴィラ様にそう仰っていただけるなんて……」


お世辞ではありません。わたくしは、ステッチを指で、つつ、と触りました。


「面と線がとても綺麗に出ています」


ローゼマリーは少女のようにはにかみました。ハンカチを畳み直しながら、わたくしは思い切って尋ねます。


「こちら、どなたか、好きな人を思い浮かべて刺したのですか?」


ローゼマリーが目を丸くして、わたくしを見ました。


「いえ、そ、そんなこと! だって、これは孤児院に渡すものでしょう?」


言葉とは裏腹に、ローゼマリーは首まで真っ赤になりました。わたくしはさらに質問します。


「けれど、刺繍の入ったハンカチといえば、お守り代わりに、恋人や家族に渡すものでしょう? ローゼマリーもお年頃ですし、やはり使ってくれる相手を思い浮かべたのでは?」


ローゼマリーは顔を赤くしながら、天井から床まで、関係ないところを一通り眺め、ようやく頷きました。


「はい……申し訳ございません」

「なぜ謝るの?」

「仕事中に、余計なことを考えて」

「何を思うかは自由ですよ」

「でも……」


その様子はとても可愛らしく、わたくしはローゼマリーの幸せを願うと同時に胸を痛めました。


——その恋を応援できたらいいのに。


「ローゼマリー」


ですが、きちんと確かめなくてはいけません。わたくしはローゼマリーにもう一度問いかけました。


「単刀直入に聞きますが、あなたの思い人は、エリック様なのですか?」


ローゼマリーは驚いたように固まってしまいました。わたくしは、眉を寄せて、再度聞きます。


「神官の、エリック・アッヘンバッハ様なのでしょう?」


その名前がようやく意味を持って届いたのでしょう、ローゼマリーは叫びました。


「ち、違います!」

「えっ?!」


今度はわたくしが目を見開いて、驚く番でした。ローゼマリーが困ったように聞きます。


「あの、私の方からもなぜ、エリック様だと思われるのか、お聞きしてもいいですか?」

「エリック様ではない?」

「はい」

「では、誰なのですか?」

「それは……」


ローゼマリーはまた首まで真っ赤になりました。質問に質問で答えてしまったことに気付いたわたくしは、落ち着いて言い直しました。


「そうですね、まずはなぜわたくしがローゼマリーの思い人がエリック様だと思ったのかを、説明しますね」

「お願いします!」




わたくしは、一連の出来事をローゼマリーに話しました。ローゼマリーは終始驚いた様子で聞いていました。


「そんな噂が立っているなんて……申し訳ありません」


うなだれるローゼマリーに、わたくしも謝罪します。


「いいえ、わたくしこそ、ごめんなさい。早とちりしてしまったわ」


なんとなく、ローゼマリーとエリック様なら、そういうこともあってもおかしくないと思い込んでしまいました。いけませんね。

ローゼマリーは首を振ります。


「いえ、私が悪いんです。疑われるようなことをしたから」

「なにか、心当たりがあるの?」


はい、とローゼマリーは頷きました。


「エルヴィラ様もご存知の通り、わたしは小さい頃、病で母を亡くしました。まだ子供だった私は、母亡き後も母に会いたいと泣いてばかりでした」


ローゼマリーは、当時を思い返すように目を細めました。


「そんな私に父は、神殿で祈ることを勧めてくれました。祈っていれば、たとえ姿が見れなくても、声を聞くことができなくとも、母を感じることができる、と」


そのときのローゼマリーとゴルトベルグ伯爵の心情を思うと、わたくしも胸が苦しくなりました。ローゼマリーが敬虔な信者になった訳がわかるような気がします。


「その母の命日が、もうすぐなのです」

「まあ、そうでしたか」


ローゼマリーは言いにくそうに付け足します。


「だから、私、その、エルヴィラ様に頼まれたお買い物の途中で、神殿に寄って、エリック様に母のための特別な祭祀をしてもらえるようにお願いに行ったことがありました」


わたくしはまったく怒っておりませんでしたが、ローゼマリーは小さくなってしまいました。


「申し訳ありません! けして仕事を怠けるつもりはなかったのですが、通り道だったもので、つい」

「構いませんよ、それくらい。多少の息抜きは必要です」

「でも、きっとそれを見た誰かが、誤解してそんな噂を広めたんです。私がもっと注意しておけば」


自分を責めるローゼマリーの手をわたくしはそっと握りました。


「ローゼマリーは悪くありません」

「でも……」

「それより、そんなに何度もエリック様に会いに行ったのですか?」

「いいえ、二度だけです」

「二度だけ?」

「はい。祭祀のお願いに行ったのと、そのお返事を聞いたことと」


それだけで噂が流れるでしょうか。

わたくしはふと、聞きました。


「ですが、ローゼマリー。最近、たまに姿が見えないことがありましたよね? あれはエリック様に会いに行ってたのでは?」


そのことからも、わたくしはローゼマリーが逢い引きをしている噂が出回っているのかと思っていたのでした。

でもエリック様に会っていないのなら、何をしていたのでしょう?


「あ……それは」


言い淀むローゼマリーに、付け足します。


「怒っているわけではありません。ローゼマリーは働きすぎなくらいですから、もっと息抜きをして欲しいと思っていました」


それは本当のことでした。

けれどローゼマリーは困ったように顔を赤くするばかりで、何も言えない様子です。それでやっと、わたくしも気がつきました。


「もしかして、そのとき、思い人に会いに行っていのですか?」


逢い引きはその方とだったのでしょうか。そう思ったわたくしに、


「違うんです!」


ローゼマリーが慌てたように否定しました。


「あの、その、私が一方的にその人を姿を見に行っていただけで……全然逢い引きなんかじゃないんです」

「まあ、それはつまり」


ローゼマリーは観念したように言いました。


「私の、片思いなんです」

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