54、私は本物のつもりでお仕えしておりました
わたくしは聖女様が示してくださった白い道を一生懸命歩いておりました。するといつの間にか、眩しい光に包まれて、なぜか。
「エルヴィラ! 無事でよかった」
ルードルフ様の腕の中におりました。
「ル……ド……フ?」
かすれた声で、それだけなんとか言うと、
「無理しなくていい」
ルードルフ様が、優しく仰います。
ここはどこなのでしょうか。
部屋の中なのに、屋根が壊れて、空が見えます。
わたくしは『聖なる頂き』の神殿で祈っていたはずなのですが。
と、姿は見えませんが、クリストフの声が飛んできました。
「エルヴィラ様! ご無事でなによりです!」
詳しいことはわかりませんが、わたくしは、随分迂闊なことをしてしまったようですね。
「あ……あ」
わたくしが、とにかく何かを言おうとしましたら、アレキサンデル様の声が聞こえてきました。
「エルヴィラ……」
こちらも姿は見えませんが、声だけは粘るように響いてきます。
ルードルフ様の腕の力が強くなりました。
「……許してくれ。な? 許してくれるだろう? お前はいつだって、俺が何をしたって、最後には許してくれた……そうだ、エルヴィラ。もう一度婚約しよう!」
は?
経緯はわかりませんが、言ってる内容がおかしいことはわかります。
アレキサンデル様の声はさらに、うっとりと陶酔したものになります。
「やっぱり私たちは離れてはいけなかったんだよ……お互い遠回りしたけど、真実に気が付いた。二人が真摯に向き合えば、きっと皆わかってくれるよ」
「アレ……サンデ……様」
わたくしはなんとか声を絞り出します。
「ああ、エルヴィラ! 私はここだ!」
ここだといいながら動けないのがわかります。拘束されているのですね。
「アレキ……デル様」
わたくしは精一杯言おうとしました。
「なんだ? エルヴィラ! なんでも言ってみろ」
「……せん」
「ん?」
「許しませんよ」
ちゃんと声が出たことに、わたくしは安堵しました。
許しません。
許すわけないでしょう。
アレキサンデル様は、ついに泣き出しました。
「エルヴィラ……どうしてだ……エルヴィラ」
「何よ!」
それに苛立ったように、ナタリア様が叫びました。
「みんなして、エルヴィラエルヴィラって! 性悪なのは、その女じゃない! 聖女になりたかったから隣国へ行ったんでしょう? 結局は権威が欲しかったんでしょう? ルードルフ様が皇太子じゃなかったら結婚してなかったでしょう?」
「いい加減に——」
ルードルフ様が咎めようとしましたら、そのとき。
「やめましょう……!」
ヤツェク様がその場に現れました。
「何者!」
「宰相のリーカネンです。外から、エルヴィラ様の姿が見えて、絶対にアレキサンデル様とナタリア様がここにいらっしゃると思って参りました」
押さえつけられながらも、ヤツェク様は仰います。
「抵抗はしません! ただこれだけ言わせてください!」
「言ってみろ」
「アレキサンデル様、ナタリア様……もう、終わりにしましょう。投降しましょう」
ルードルフ様がわたくしを抱く手に力を込めました。
「わざわざ登って、それを言いに? なぜだ?」
ヤツェク様は静かに答えます。
「私しか、言うものがいないと思ったので」
「……忠臣というわけか? それでも手加減はしないが」
「はいっ……ぐっ」
ヤツェク様は後ろ手に縛られ、腰縄をつけられた様子。
その間も、ナタリア様は暴れていました。
「ヤツェク! 助けてよ! やめて、いや! いやよ! 終わりたくない! ここで終わったら、ナタリア、偽者のまま終わっちゃうじゃない! そんなのいやよ!」
「ナタリア様!」
ヤツェク様が縛られたまま、悲痛な声を上げました。
「私は本物のつもりでお仕えしておりましたっ!!」
ナタリア様の叫び声が止まります。
「聖女とか聖女じゃないとか、そんなことは関係なく!」
ヤツェク様は泣いていらっしゃるようでした。
「私にとって、ナタリア様はナタリア様でした」
だから、とヤツェク様は繰り返しました。
「もう終わりにしましょう」
足音が聞こえます。
「援軍だ!」
ルードルフ様とクリストフが頷きます。
ヤツェク様とナタリア様、アレキサンドル様は、それぞれあらためて拘束されました。
「エルヴィラ、怪我はないようだね?」
ルードルフ様はわたくしを抱きしめたまま、ほっと息をつきます。
……泣いていらっしゃるのですか?
わたくしは、随分、心配をかけてしまったのですね?
申し訳なさと、ルードルフ様を慰めたい気持ちで、わたくしは、指を持ち上げて、ルードルフ様の頬をそっと撫でました。
「暖かいです……」
そう言って微笑むと、ルードルフ様がわたくしを、もう一度強く抱きしめました。
「ごめんなさい……ルードルフ様」
そういうわたくしも、泣いていました。
「もういい、いいんだ」
ルードルフ様はわたくしの髪にそっと触れました。
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