53、どちらが上かわからないじゃないか
ルードルフたちはアレキサンデルとナタリアを捕らえたままで、塔の上まで連れてきた。
「こんなところによくも」
何も知らない番人が驚いて逃げ出そうとしたが、さっさと捕まえた。彼らの手も傷だらけだった。
「開けろ」
「それが、さっきも説明した通り、開かないんだ」
「開かなくても開けろ」
ルードルフはぐい、とアレキサンデルを突き出した。
「ぐっ」
後ろ手に縛られているため、扉に顔が当たり、そこが刃物で切れたようになった。
「ナタリアは関係ないでしょ、もう離してよ……」
同じく後ろ手に縛られているナタリアは、か細い声で言った。
「関係ないわけないだろう」
「そもそも」
クリストフが暗い声で言った。
「何が目的だったんですか? 帝国に喧嘩を売って無事でいられると思っていたのですか」
アレキサンデルの答えは、ルードルフたちにとって、とても無邪気に聞こえた。
「私はただ、最初の予定通りにしたかっただけだ」
「最初?」
アレキサンデルが顔から血を流して頷く。
「婚約破棄したとき、宮廷に留まって、ナタリアの右腕になって執務を手伝うように言った。あれを実行してもらうのだ」
その場にいた誰もが、やっとアレキサンデルの正気を疑った。
「陛下……まだ、それに拘っていたのですか」
ナタリアが呆然と呟いた。
「その件なら」
ナタリアはプライドを粉々にしながら言った。
「アグニェシュカ様を側妃にすることで解決したんじゃないんですか」
実務経験のないナタリアに変わって、アグニェシュカ・パデーニ伯爵令嬢を側妃にすることが、内々で決まっていた。
そのためにナタリアは、アグニェシュカと会う度、見下されるような視線で見られているのだ。
「ああ、あれか」
アレキサンデルは頷いた。
「あれはもういらないな。悪くはなかったがエルヴィラがいるなら、あれはもういらない」
ガフッ!
「うっ」
ルードルフがアレキサンデルのみぞおちを殴った。
「エルヴィラをモノみたいに言うな」
「ぐ……」
ナタリアは、そこで思わず言った。言わずにはいられなかった。
「でも、じゃあ、どうして婚約破棄なんてこと、したんですか」
最初から、エルヴィラを王妃にしておけば問題なかったのだ。
それをわざわざ、あんな面倒臭いことをするからには、理由があるはずだった。
ナタリアはその理由が自分であることを期待した。
せめてそれだけ。
最後にそれだけはっきり聞きたかった。
だが、うずくまるアレキサンデルは、上目遣いでこう言った。
「だって、お前、それじゃあ、どっちが上かわからないじゃないか」
「……どっちが、上?」
その場にいた誰もが、本気で意味がわからなかった。
「エルヴィラに、私の方が上だと思い知らせなくてはいけなかったんだ。エルヴィラはいつも見下すから」
ナタリアは呆然と呟いた。
「ナタリアを好きだからではなかったのですか」
せめて嘘でもそう言って欲しかった。
今は違うとしても、あのときはナタリアを思っていたと。
たとえ、今は偽聖女として敵に引き渡せるくらい軽い存在だとしても。
しかし、アレキサンデルの答えは期待したものと違った。
「もちろんそれもある。お前は庶子だったからな」
「庶子?」
アレキサンデルはふっと笑って言った。
「庶子だった男爵令嬢に、エルヴィラが負けたということが大事なんだ」
ナタリアはカタカタ震えた。
ルードルフたちの警戒心は高まる。
アレキサンデル一人だけが、気持ちよさそうに続けた。
「ナタリアだって、王妃にまでなれたんだから、文句はないだろ。まあ、最近勘違いしてうるさいが。エルヴィラが戻ってきたのなら、お前ももういらないかもしれないな」
——お前も、もういらない。
ナタリアの中で、何かが冷えて固まった。
‡
エルヴィラは、ずっと夢を見ていた。
歴代の聖女様が、次々と現れてくださる夢だった。
聖女様たちは、『乙女の百合』の花束を、次から次にエルヴィラに渡していった。
夢の中でエルヴィラはあっという間に、花に囲まれた。
最後は白い服の聖女様だった。その方は花束を持っておらず、エルヴィラにひとつの方向を指差すだけだった。
見ると、白い道がどこまでも遠くへ続いていた。
行け、ということなのだとエルヴィラは思った。
そう思ったら、気が急いた。
急がなければ。
急がなければ。
‡
そのときに起きた出来事は、後々まで語り継がれることになった。
東の塔全体に、大きな光が降り注ぎ、晴れているのに強風が吹き、やがて渦を巻いた。
争っていた人々も思わず、塔に注目するほどだった。
塔の中でも変化は起きていた。
「エルヴィラ?」
ルードルフが呟いた。
扉の向こうから、光が漏れていたのだ。
ナタリアは黙り、アレキサンデルは叫んだ。
「エルヴィラか?! 出てくるんだな?」
「黙れ」
ルードルフはアレキサンデルに剣を掲げたそのとき、グラグラ、と塔が揺れ出した。
外の風の強さに、外壁が崩れ出したのだ。
「危ない!」
「逃げろ!」
「殿下! こちらへ」
「だめだ、エルヴィラを助けてからだ!」
崩れたレンガは外にも落ちていき、人々は逃げた。
激しい揺れに耐えながら、ルードルフはアレキサンデルをクリストフに任せた。
「今行く」
ルードルフは扉に手をかけ、思い切り引いた。
ルードルフの手に、鮮血が滴ったが、それでも構わず、扉を開けようとした。
扉はびくともしない。
ルードルフの足元の鮮血は広がるばかりだ。
ルードルフは、それならばと体当たりしようとした。すると。
ガラガラガラガラ!
扉の周りの壁の方が先に崩れ落ちた。ルードルフは注意深く、足を踏み入れる。
「エルヴィラ?」
不思議な光景だった。
横になって眠ったエルヴィラが、光に包まれて、宙に浮いていた。
「ルードルフ様、お気をつけて!」
臣下の言葉を耳に、ルードルフはエルヴィラを捕まえに行った。
手を伸ばすと、エルヴィラは、すとん、とルードルフの腕の中に降りてきた。
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