52、冠雪が、すべて溶けていた

「七枚だとなんなんだ?」


その場にいた年嵩の兵士が聞いた。

ユリウスは重なった七枚目の部分を、日に透かして見せた。


「ほら、ここだけ濃いでしょう? 『乙女の百合』の花弁は六枚なんですが、この偽物はわざわざ七枚にしてあるんです」


兵士たちは首を捻る。


「なんでお前がそんなことを知っているんだ」


ユリウスはあっさり答えた。


「これを作った人から聞いたんです」


これには、アレキサンデルも驚いた顔をした。

ユリウスは苦い気持ちを隠して言った


「その人は、宰相閣下に拉致されて、無理やりこのお城の地下で偽物を作らされていると言っていました。ナタリア様だけの考えとは思えません」


拘束されていたナタリアが、金切声を上げた。


「そうよ! 陛下が言い出したことよ! ナタリアは関係ない! だから離して!」


しかし、兵士たちは戸惑った顔を見せるばかりで、動こうとしない。

アレキサンデルは、さらに叫んだ。


「ユリウス、貴様、ナタリアと手を組んでいたんだな?」

「そんなことは」


ユリウスの言葉は途中で掻き消された。


「ユリウスを捕まえろ! ナタリア共々、向こうに渡せ」


兵士たちはためらいながらも、ユリウスを押さえ込んだ。

ユリウスはそれでも言う。


「陛下! もう、諦めてください。こんなことが続けられるわけがないのです」


ナタリアもさらにきつく拘束された。


「嫌よ、離して!」

「陛下、どうぞ、民を救う決断をしてください!」


ユリウスがアレキサンデルに翻意を促しているそのとき。

 

「て、敵が、来ました! 逃げてください!」


ルードルフがそこに到着した。


「お前たちはそいつらを離すな! 残ったものは陛下をお守りしろ!」


兵士たちは、剣を構えた。

すぐに乱闘が始まった。

だが、そもそもの意気込みが違う二つの集団だ。

今さっきのやり取りで少なからず心が揺れた者が多かった。


ゾマー帝国の兵たちは圧倒的な強さで、ユリウスたちを抑え込んだ。


殺気を出したルードルフは、まっすぐアレキサンデルに剣を向けた。


「帝国の宝を返してもらおう」

「な、なんのことだ」


ルードルフは剣を近づける。


「答えないなら、答えるつもりにさせるまでだ」

「ま、待て、よく話し合えば」


ザクッ!


ルードルフは、アレキサンデルの頭に剣をかすらせた。髪の毛が数本、ひらひら落ちた。


「次はない。宝を返せ」

「わ、わかった、だが、ここにはない」

「どこだ?」

「塔の上だ」


ユリウスはそのやり取りを、帝国の兵士に押さえつけられた床の上で聞いた。


ああ、やっぱり、と思った。

認めたくないけど、わかっていた事実を突き付けられた。


――この国は、もう終わるんだ。


         ‡


王都では、詰めかけた援軍で大騒ぎだった。

じわじわとナタリアが偽聖女だとの噂が出回っていた。


「何事だ?」

「ナタリア様が偽聖女だったとか言ってるぞ」

「帝国の皇太子妃様が聖女だったと」

「なんてことだ。それで帝国が怒ってこんなことを?」


王都が大騒ぎになっているそのとき、ユゼフとアドリアンは、今までない乗り心地の馬車で、ルストロ公爵家に移動させられていた。


「君たちは貴重な証人だからね。すまないがしばらくここで過ごしてほしい」


 レオン——リシャルドがそう言った。


         ‡


グレの山の神殿で、ワドヌイは今日もエルヴィラのために祈りを捧げていた。

そこに。


「ワドヌイ様! 大変です」

「どうしました?」


慌てふためいた山の民が飛び込んできた。


「山が! 山が!」


ワドヌイは急いで外に出て、『聖なる頂き』を見に行った。


「こんな……」

「異変です! 聖女様になにかあったのでは?」


『聖なる頂き』の冠雪が、すべて溶けていた。

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