51、これ花弁が七枚ありますよ
ザッザッザと、軍靴の音がトゥルク王国の宮廷に響いた。
客人として訪れている分、不利な戦いになるはずだったが、武器も兵士も騎士も十分揃っていた。
協力者が多かったのだ。
帝国の援軍ももちろん来るが、それを待たずにルードルフたちは動き出した。
「お待ちくださいっ」
「うるさいっ!」
ルードルフはひたすら王の部屋を目指して歩いた。
「待て!」
「待たぬ」
行く手を阻む者は、容赦無く斬り付けた。
目の前の兵士は、倒れながら恨みがましい目を向けた。
「な、なぜっ!」
「先に仕掛けたのはそっちだ」
「そんなわけは」
「主に聞け」
アレキサンデルがエルヴィラをさらったことなど知るよしもない下っ端の兵士たちは、わけも分からず戦わなくてはいけなかった。
そのため、士気は低かった。
あちこちで、少人数の乱闘が起きていたが、戦う前に逃げる者も多かった。
どこから集まったのか傭兵らしき者たちがいたが、彼らの逃げ足が一番早かった。
斬り合う相手の顔を見ながら、ルードルフは思う。
彼らは、ついこの間まで、客人として自分たちを迎えてくれていた。
今倒れている人の中には、エルヴィラの知り合いもいただろう。
親しく言葉を交わしたものもいただろう。
エルヴィラが見たらさぞかし心を痛めるだろうと思ったが、ルードルフはそれでも前に進んだ。
‡
「王を逃がせ!」
「急げ」
突然始まった戦いに、ユリウスをはじめ、宮廷騎士たちは必死だった。
ひとまず隠し通路を使い、アレキサンデルたちを外に出させることにした。
廊下を急いで駆け抜ける。
「ユリウス、頼むぞ」
今日にでも辞意を伝えようと思っていたユリウスは、ヤツェクに直々にそう言われ、戸惑った。
ヤツェクは慌ただしくどこかに行ってしまい、返事はできなかった。
守らなければならない。
何を?
わからないけれど。
ユリウスは、この後に及んで曖昧な自分に嫌気がさした。
このまま戦いに巻き込まれて死ぬのなら、それはそれでいい気がしていた。
全部、今までの自分の積み重ねの結果だ。
アレキサンデルとナタリアは、突然のことに怯えきっていた。
特にナタリアは声も出ないほど震えている。
「ナタリア様、どうぞ手を」
別の兵士がナタリアを誘導する。
「お待ちください、陛下!」
しかし、そこに消耗し切った歩兵が現れた。
歩兵は傷だらけになりながら、膝を折って告げた。
「外も危険です……王都にも続々と敵の援軍が集まってきています。この通路は使わない方がいいかと」
「馬鹿な!」
ゾマー帝国の援軍はまだこちらに到着していなかったが、キエヌ公国やルストロ公爵やシルヴェン伯爵の兵士たちが集まってきているのだった。
兵士たちの動揺は大きくなった。
「どれだけ用意周到だったんだ?」
「初めからそのつもりで来たのか?」
「それにしても一体なぜ突然こんなことに」
事情を知らない兵士たちは、次々と疑問を口にした。
「そんなことは後だ!」
年嵩の騎士が言い、急遽、作戦が練り直される。
「こうなったら、正面から戦うか」
「しかし、数が圧倒的に」
絶望が騎士たちを包んだ。そのとき誰かが言った。
「この近くに別の隠し通路があったんじゃなかったか?」
「急いで探そう」
ナタリアはふと、不安になった。この近くには、枯れた百合を隠した部屋がある。
通路と間違ってあれを見つけられたら。
でも、どうやって誤魔化す?
そこは探さないでなんて言ったら、余計に怪しまれる。
しかしナタリアの心配をよそに、別の隠し通路も隠し部屋も、見つかる気配はなかった。兵士たちは焦ったが、ナタリアは少し安堵した。ところが。
「そうだ、こっちには聖女様がいる」
誰かが余計なことを呟いた。
「聖女様、祈ってくだされば、脱出方法も見つかるんじゃないか」
一人が言うと、周りがそれに賛同し始めた。
「聖女様、お願いします」
「聖女様が祈ってくだされば、撃退までできるのでは?」
ナタリアは何も言えなかった。祈っても何も変わらないことを知っているからだ。
自分は偽物の祈りしかできない偽聖女なのだ。
立ち尽くして、掌をギュッと握りしめるナタリアを見て、兵士たちがざわつき出した。
なぜ応えてくれない? こんなに求めているのに。なぜ? その理由は。
「……聖女様?」
誰かがそれを口にした。
「もしかして」
「やっぱり偽物なんですか」
その場の苛立ちがじわり、とナタリアに向かってきた。
「陛下……」
ナタリアは助けを求めてアレキサンデルを見た。ところがそのとき。
「なんだこの部屋は?!」
枯れた百合を入れた隠し部屋が見つかった。ナタリアは止めようとしたが遅かった。
「――これは」
「『乙女の百合』?」
「枯れている」
奥まで覗いた兵士が、驚いた顔をして、振り返った。
「そして、これはもしや!」
お披露目で使った、偽の『乙女の百合』の残骸は、明らかに人の手が加えられているから、かなりの衝撃を与えた。
「やはり、ナタリア様が偽聖女だったんだ!」
「我々は騙されていたんだ!」
「その通りだ!」
アレキサンデルは演技しながら喜んだ。捨てようかどうしようか迷ったが、とっておいてよかった。私にはまだ運がある。
「すべて、ナタリアが企んだこと。聖女どころかとんだ魔女だ」
アレキサンデルは、ナタリアを指差した。
「そいつを捕まえろ! そしてすべての責任はナタリアにあると敵に突き出せばいい。きっとナタリアが偽聖女だから怒っているんだ」
「はっ!」
兵士たちがナタリアを拘束した。
「ひどいです! アレキサンデル様!」
ナタリアは反論したが、枯れた百合と偽物の残骸がそこにある以上、ふてぶしい言い訳にしか見えなかった。
その場にいた誰もがアレキサンデルの言うことを信じた。ただ一人を除いて。
「待ってください」
ユリウスはかがみこんで、その残骸を手にした。
「よく見てください、これ、花弁が七枚ありますよ」
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