48、そして、自分自身への怒りも
崩れ落ちるエルヴィラを見たルードルフは、何が起こっているのかわからないまま、その体を支えるために駆け出していた。
しかし、寸前で間に合わなかった。
「エルヴィラ!」
ルードルフが手を伸ばしたその先で、エルヴィラは倒れた。
クリストフが叫んだ。
「エルヴィラ様がお倒れになった!」
他の者がそれに反応する。
「医者を呼べ!」
そこから、エルヴィラはずっと目を覚まさなかった。
熱もない。
呼吸も乱れていない。
ただ眠っているように見える。
山の民の知恵を持ってしても、ふもとの薬草医に見せても、原因がわからなかった。
フレグの町では、十分な治療ができないということで、エルヴィラは宮廷で療養することになった。
ワドヌイとルードルフは、お互い憔悴仕切った顔で、別れを告げた。
「お力になれず、申し訳ございません……」
「いや、ワドヌイ殿はよくしてくれた」
「ずっと、エルヴィラ様のために祈っておりますので」
「……頼む」
一足先に帰った大神官と王妃ナタリアが、その場に居合わせた責任を感じるからと、寝台ごと運べる馬車を寄越した。
その馬車の中で、ルードルフは思わず呟いた。
「不慮の事態なのに、よくこんな馬車が用意できたな」
そして、自分の手を痛いほど握りしめた。
「胡散臭いが証拠がない……くそっ!」
クリストフも険しい顔で応じた。
「ご心痛、お察しいたします」
「絶対、あいつらがなにかやったに決まってるんだ……」
「私も、そう思います」
だが、大神官とナタリアがエルヴィラから離れていたのは、ルードルフ自身の目で確かめている。
エルヴィラが倒れたとき、ワドヌイが止めなければ、ルードルフは大神官に襲いかかっていただろう。
おそらくは、それすら相手の思う壺なのだ。
「エルヴィラ、すまない」
何度目になるかわからない謝罪の言葉をルードルフは呟く。
ルードルフは今回のことに無関係ではないはずのアレキサンデルへの怒りを、その身の中にたぎらせていた。
そして、自分自身への怒りも。
「原因不明です」
トゥルク王国でエルヴィラを診察した侍医は、別室にルードルフを呼び出しそう言った。
「それを調べるのが医者の仕事ではないか」
ルードルフは苛立ちを隠さず、侍医に問い直した。年取った侍医は、ルードルフの迫力に怯えることなく、飄々と答えた。
「そう言われましても……原因不明は原因不明なので、そうとしか言えないのです」
「それならそれでいい。とにかく治せ、治してくれ」
侍医は首を振る。
「原因がわからないから、治療法もわかりません。ただ寝かせておくほかありません」
「わかった……では帝国に連れて帰ろう。世話になった」
侍医がルードルフの腕を掴んで首を振った。
「いけません」
「なぜだ?」
「動かしていいかどうかもわかりませんので」
「だが、このままではどうにもならないんだろう?」
「はい。原因がわかりませんので」
ルードルフは侍医の手を振り払った。
「もういい!」
「あっ、お待ちください」
わざわざ呼び出したくせに、これでは話にならないとルードルフは、エルヴィラのいる寝室に戻った。
「エルマ、戻ったぞ。エルヴィラの様子はどうだ」
だが、寝台は空だった。
「エルヴィラ?」
ルードルフは辺りを見回す。すると。
「ああっ! ルードルフ様!」
エルマが真っ青な顔でルードルフに駆け寄った。
「エルマ、どうした」
「エルヴィラ様が、エルヴィラ様が……」
エルマは泣きじゃくるばかりで要領を得ない。
息を切らせた騎士が戻ってきたので、同じことを聞くと、騎士も真っ青になって答えた。
「たった今、エルヴィラの病気は伝染する可能性があるので、皇太子殿下は近寄らない方がいいと、別室に移動されたのです」
「なんだと?! どこへ?」
「それが……追いかけたのですが、途中で消えてしまい……申し訳ございません……」
「なんだって?!」
「病室を教えると、どうしても見舞いにいくからだと……逃げるように奴ら、エルヴィラ様を……ルードルフ様も納得済みと聞いていたのですが、やはりそうではなかったのですね……」
「そんなこと許すはずがない!!」
騎士はその場に平伏した。
「お許しください! ルードルフ様の身にも危険が及ぶと言われ、一瞬判断を迷っているうちに連れ去られてしまったのです。責任は私共にあります!」
ルードルフは泣き崩れるエルマと平伏する騎士を見つめ、ある決意を固めた。
「本気ですか?」
「向こうがその気なら仕方ない」
クリストフと二人きりになったルードルフは、淡々と言った。
「しかし、まずはエルヴィラ様を確保することが第一ではないでしょうか」
「反対か?」
「いいえ」
クリストフはなるべく冷静になるように努めて言った。
「エルヴィラ様を取り戻したのち、帝国を甘く見たことを後悔させてやりましょう。徹底的に」
ルードルフは、頷いた。
「……リシャルド殿に連絡を取ってくれ」
クリストフは頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます