47、これはこれで祈りなのだろうと思いました
しかし、ナタリア様は、なぜか固まって動かなくなってしまいました。
あら、わたくし言い過ぎたでしょうか。
それを見たルードルフ様が仰います。
「エルヴィラの言う通りですね。私も前言を撤回します。聖女ナタリア様が民のために祈ってくださるのを、咎めようとした私をお許しください」
「……いや、そんな」
大神官様が、毒気を抜かれたように大人しく仰いました。
そうだ、とわたくしはナタリア様に確認します。
「もちろん、ワドヌイ様や山の民の皆様には、後でご挨拶に行かれるのですね?」
「え、あ」
ナタリア様はわたくしの質問に答えず、大神官様を見つめます。
「もちろんですよ!」
大神官様は作り笑顔でそう答え、ナタリア様は何かを言いたげに口を開きかけました。
ですが。
「まずは祈りたいとナタリア様が仰ったので、ご挨拶が後になったのですよ」
「そうなのですか?」
ワドヌイ様が眉を寄せて、お聞きになります。
「そうだ、ワドヌイ、あとで民を集めてくれ」
「……かしこまりました」
そして、大神官様はわたくしに仰いました。
「ナタリア様の後でよければ、妃殿下も祈ってください」
「いえ、わたくしは別に」
「まあそう仰らず。せっかくこんな遠いところまでいらっしゃったのですから。おっと、準備が必要なのでこれで」
大神官様が、慌ただしい様子で変わった蝋燭を懐から取り出しました。
何か読めない文字のようなものが書かれています。
せっかく火がついていた燭台の蝋燭から、それに火を移しました。
「そちらは?」
質問しますと、大神官様は、嬉しそうに笑いました。
「ナタリア様はかなり練習されて、いにしえの祈りの儀式を身に付けたのです。これはいにしえの祈りのための蝋燭なのです」
「いにしえの祈り?」
初めて聞きました。
「ご存知ないのも無理はありません。ナタリア様が、自分にできる祈りの形を知りたいと仰るので、こちらを伝授しました。ナタリア様の練習の成果をどうぞご覧ください」
わたくしは驚きました。
「まあ、だとしたら、わたくし、先ほどは失礼を申し上げましたわ」
ナタリア様が祈りの練習をするほど熱心になっていたとは、思ってもおりませんでした。
もしかして、聖女の役目に目覚めてくれたのでしょうか。
例え、百合が本物でなくても、真剣に自分の欲を捨てて祈ることができれば、天に通じるかもしれません。
「いえいえいえ、こちらこそ、エルヴィラ様の祈りを中断させるようなことを言いましたからな」
いつにない愛想の良さで大神官様が、仰います。
「それにナタリア様が今まで各地を訪れていないのも事実ですので」
ワドヌイ様が言い添えます。
それは確かにそうですね。
「ナタリア様のいにしえの祈り、ぜひ拝見したく存じます」
そう申し上げますと、ナタリア様は少し、複雑そうな顔をしました。どうしたのでしょうか。
「では、始めましょうか」
けれど、大神官様のその声で、ナタリア様はスッと移動しました。
期待を胸に、わたくしはナタリア様を見守ります。
「おお」
どよめきの声が上がりました。
「これが祈り?」
ルードルフ様がそう呟きましたが、わたくしも同感です。
その動きは祈りというより、むしろ踊りでした。
けれど。
「踊りで、天に祈りを捧げるというのを、聞いたことがあります」
これはこれで、やはり祈りなのだろうと思いました。
優雅にひざまづいたかと思ったら、そっと立ち上がり天に祈りを捧げるように両手をあげ、そこから何も見ずに、まっすぐ後ろに七歩下がりました。
ためらいがあればフラつくはずですが、それがないので、いかに練習してきたのかがわかりました。
そして、下がるとまたすぐにひざまづき、これらの組み合わせを繰り返した独特の祈りでした。
美しい、とわたくしは思いました。
こんな真剣な顔のナタリア様は見たことはありません。
ストロベリーブロンの髪を振り乱していますが、それすら美しいと思いました。
そして、祈り終えたナタリア様は、息を整える間もなく、
「エルヴィラ様」
とわたくしに声をかけました。
「先に祈った非礼をお許しいただけるなら、どうぞ、今からお祈りしてください」
わたくしは思わず呟きました。
「ナタリア様ですよね……?」
「そうですけど」
今までと別人の様な言葉遣いと態度です。
「お申し出はありがたいのですが、わたくしはナタリア様みたいないにしえの祈りはできませんので」
「普通ので大丈夫です」
そうなのですか?
それだけではありません。
なんとナタリア様は、
「あ、ナタリアとしたことが、すみません」
と、ご自分がいた場所をご覧になり、
「汗が落ちたので、しばらくお待ちください」
と、従者に指示して、拭わせておりました。
そんな気遣いまで?!
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そこまでしていただいたのを遠慮するのも失礼かと思い、わたくしも自分の祈りを捧げることにしました。
と言っても、わたくしのはただ膝を付いて、頭を下げて、手を組んで、ただただ一心に胸の内に祈るだけです。
見ていて面白いものではないのですが、大神官様とナタリア様は、後方でそれを見学しておりました。
もちろん、ワドヌイ様とルードルフ様、騎士の皆さまも見守ってくださいます。
祈りを捧げていると、いつも時間の感覚を忘れてしまいます。
どれほどの時間が過ぎたのかわかりませんが、わたくしは顔を上げました。
気持ちは満たされておりました。
この国を離れる寂しさも、今は消えております。
祈りの中で、わたくしはすべてのものと一つでした。
その感覚さえあれば、離れていても故郷を感じることができるでしょう。
わたくしはゆっくりと、立ち上がろうとしました。
けれど。
「エルヴィラ!」
「エルヴィラ様!」
どうしたのでしょうか。
視界が暗くなり、力が抜け。
わたくしは、その場に崩れ落ちてしまいました。
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