46、わたくしの祈りなど些末なものです

扉は開いているものの、騎士たちは槍で、大神官様を遠ざけております。

大神官様がルードルフ様に仰いました。


「警備の者たちを退けるように言ってください。神殿では私が最高位です」 

「しかし」

「ルードルフ様」


わたくしが声をかけたので、ルードルフ様はため息を吐きつつも、合図しました。

騎士たちがそっと距離を取りましたが、まだ油断はしていません。

ワドヌイ様が、大神官様に聞きます。


「いつの間にいらっしゃったのですか」

「さっきだ。それより、ワドヌイ、勝手なことをしては困るな」

「留守は私が預かっているはずです。大神官様もいらっしゃるなら、そう仰ってくださらないと」

「まあいい。それよりエルヴィラ様、即刻祈りを中止してください」

「な……」


 ルードルフ様が怒りを隠さず仰いました。


「なぜそんなことを言われなくてはならない」

「するなとは言ってません。後にしてほしいのです」

「なぜだ」

「こちらの聖女様が先に祈るべきなので」


大神官様がスッと横に移動しました。影に隠れてわかりませんでしたが、そこには、ナタリア様がいらっしゃいました。


「ナタリア様?」


アレキサンデル様の姿は見えません。

どうやら、大神官様とナタリア様が供を連れて、こちらの神殿にいらっしゃったようです。

ナタリア様は、珍しく、あっさりとしたデザインの赤いドレスをお召しになっておりました。

向こう側が透けて見えるほど薄いストールを一枚、肩にかけております。それも赤です。

その格好でどうやってここまで登ってきたのでしょう。

どうでもいいことなのですが、少し気になりました。

大神官様が、唇の端で笑いながらあらためて仰います。


「皇太子妃殿下には申し訳ありませんが、我が国の聖女様より先に祈ることはお許しできません」


ルードルフ様が反論します。


「先に来ていたのはエルヴィラだ。帝国の聖女であるエルヴィラが先に祈る権利があるのでは」

「ルードルフ様」


わたくしは言いました。


「ルードルフ様のお気持ちは嬉しいのですが、わたくしとしては、ナタリア様が先に祈ってくださって結構です」

「だが」

「ナタリア様が初めてこちらで祈りを捧げるのですから、邪魔をしたくはありません」

「さすがエルヴィラ様、ものわかりがいい——」

「ナタリア様」


大神官様が何かいいかけるのを聞かず、わたくしはナタリア様に話しかけました。


「結婚式と披露宴では結構なおもてなしありがとうございます」

「……こちらこそ、遠いところをありがとうございました」


ナタリア様はモゴモゴとそれだけ仰いました。


「それではナタリア様、こちらへ」

「お待ちください」


わたくしは、背筋を伸ばし、お二人を正面から見据えます。


「ナタリア様、大神官様」


我ながら、声が低くなりました。


「お二人は、なにか大事なことを失念しておりませんか」

「だ、大事なことだと?」


お二人とも、わかっておられないご様子。ならば、説明してあげましょう。


「大神官様」


わたくしのその声で、大神官様は少し後ろに下がられました。その分、さらに迫るように近付きます。


「ご存知ないとは言わせません」

「な、何がだ」

「この『聖なる頂き』が崩れて、もうかなりになるのに、ナタリア様はこちらを訪れておりませんね?」

「あ……」

「なぜですの?」


わたくしの短い問いに、大神官様もナタリア様も黙り込んでしまいます。


「神殿としては、率先して、聖女様を遣わさなくてはいけないのではならないのでしょうか」

「それは……まあ、そうだが……」


大神官様が不明瞭な言葉しか呟かないので、わたくしはナタリア様に向き直ります。


「ナタリア様」


我ながら、能面のように表情を動かさず申し上げました。


「わたくし、申し上げましたよね? 聖女として、王妃として、この国を、しっかり守ってくださいませ、と」


忘れもしない、婚約破棄のときです。


「あ……」

「あなたがこの国の聖女で、王妃なのですよ? 民は待っておられるのですよ、あなたのことを」

「そんなことナタリアに言われても……」


わたくしは、片方の眉をぴくりと引き上げました。


「あなたでなければ、他の誰に言うのです」


山の民は、いいえ、国中のどの民も、災害が起こったとき、まず聖女であるナタリア様に来てほしかったはずです。

それが、支えというものです。


「今すぐ、どうぞお祈りを捧げてください。それこそが、この国に、民に必要なことではありませんか」


それに比べたら、わたくしの祈りなど些末なものです。


「さあ、どうぞ」


わたくしは、心から、そう申し上げました。

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