45、被害に遭うのはいつも民なのです

黙祷が終わると、ルードルフ様は仰いました。


「エルヴィラ、引き留めてしまって悪かった。ワドヌイ殿、よろしく頼む」

「お任せください」


いよいよ、神殿に入ります。

簡単にですが、手と顔を清めさせていただいたわたくしは、ワドヌイ様に続いて、神殿に足を踏み入れました。


王都や街の神殿は、大理石で出来ているものが多いのですが、ここは木で建てられております。

ぎいっと、床が軋みました。


「何もありませんが、掃除をして、蝋燭に火を灯してあります。エルヴィラ殿の気が済むまでお祈りください」

「ありがとうございます」

「私は後ろで、エルヴィラを見守っているし、外には騎士たちがいるから安心してくれ」


クリストフと警備の打ち合わせを終えたルードルフ様が仰いました。


「ルードルフ様も皆様も……本当にありがとうございます」


わたくしはお辞儀をしてから、神殿の中央へと進みました。

けれど、建物が小さいのですぐにたどり着いてしまいます。

それすらかわいらしく、愛しくて、わたくしは微笑みを浮かべて歩いていきました。

幸せだったのです。

ここで、こうやって祈れることが。


いろんな方の手を煩わせてしまいましたが、トゥルク王国で、一度だけ祈ること。

それが、今回の訪問の目的でした。


わたくしは自分の生まれた国に対して、なにを、どこまでするべきか、何度も何度も考えておりました。


そして出た結論が、なにもしない、です「わたくし」は、ですが。

わたくし自身は今日のこの祈りを最後に、故郷と決別いたします。


もちろん、この国の行く末に関して、心配事は尽きません。

けれど、わたくしは追い出された身。

元よりなにができる立場ではないのです。


とはいえ、放っておいたら、この国はどうなることか。

その思いは最後までわたくしを揺らしました。

どれほど割りきろうとしても、災害で苦しむ民を思う度、胸が痛みました。


そんなわたくしの苦しみに寄り添ってくださったのは、やはりルードルフ様でした。


トゥルク王国に訪問する前、ルードルフ様はわたくしにこう仰いました。


——パトリック王弟殿下に、王になってもらいましょう。


なんてことを!


聞いたときは、恐ろしくて震えました。


けれど、アレキサンデル様に任せておいては、この国は大神官様率いる神殿の中央部の思うままにされてしまうのは確かです。


——もちろん、帝国としては、表立った内政干渉はしません。まあ、危ういラインは踏むかもしれませんけどね。


そう言ってルードルフ様は、わたくしのお父様と相談の上、リシャルドお兄様を秘密裏に呼び戻しました。


王国に戻ってきたリシャルドお兄様は、庶民の振りをして、可能な限りの情報を集めました。

それをもとに、いくつかの密約が交わされました。


公にはまだ、動きはないでしょうが、わたくしたちがゾマー帝国に戻った後、アレキサンデル様の地位はかなり不確かなものになることでしょう。


前王陛下と自分を比べるから、という理由で、古くからいる家臣たちを、どんどん追い出していたのも、悪手でした。

足元が崩れているのに、アレキサンデル様は気づいているでしょうか。

気付いてないでしょうね。


そんなことを淡々と考えるわたくしは、やはり冷たいでしょうか?

そうかもしれません。

けれど、これがわたくしにできる、最善だったのです。

アレキサンデル様にではありません。

民への、です。


……あるいは、そう思いたいだけかも知れませんが。


いつの間にか、祭壇のすぐ前に来ました。

わたくしは膝を折ります。

蝋燭の火が揺れたのでしょうか、影が揺れました。


……懐かしいわ。


ここに来たのは数回ですが、他のどの場所より特別な感じがしたことを覚えています。

前の聖女様が見守っていらっしゃるのでしょうか。


わたくしは僭越ながら、一連の災害が収まるように、前聖女様にお願いしようと思っております。

前聖女様が聞き届けてくださったらいいのですが。


わたくしは頭を低くして、手を組みました。


「始めます」


わたくしは、祈りを捧げようとしました。


けれど、そのとき。

外が騒がしくなったと思ったら、突然扉が開きました。


「やはり、ここにいましたか」

「大神官様?」




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