44、前の聖女様はどう思っていらっしゃるのでしょうか
「同感です」
そう仰ったルードルフ様は、なにかを言いかけましたが、考え直すように視線を動かしました。
「山崩れが起きた場所というのは、ここから見えますか」
ワドヌイ様が、すっと、左下の辺りを指差します。
「あそこです」
見ると、確かに、『聖なる頂き』の一部の稜線が、いびつに変化しておりました。
なだらかな山陵が、一部欠けています。
冠雪もそこだけは途切れておりました。
ワドヌイ様が、辛そうに仰います。
「こんなことは、今までありませんでした」
ルードルフ様が頷きます。
「そのときは、雨も降ってなかったとか」
「はい。崩れるわけがないのです。明らかに異変です。それなのに、ナタリア様とやらは、様子を見に来ない。民が怒るのも当たり前です」
「怠慢ですわ」
わたくしはきっぱりと言いました。
こんなときに来ずして、なにが聖女でしょう。
名乗るからには、ちゃんと務めを果たしていただきたいものです。
憤慨するわたくしをよそに、ルードルフ様は新たな質問をなさいます。
「前の聖女様の墓標というのはどこですか」
「あちらです」
ワドヌイ様が示したのは、なんの変哲もない尾根でした。
「どこに葬られたのか分からないようにしてあるのです」
それもまた、聖なる場所、ということなのでしょう。
「ワドヌイ殿は、前の聖女様とお会いしたことはありますか」
「もちろんございます」
「その……随分お若くして亡くなったようですが、聖女というのはやはり心労が激しいのでしょうか。質問ばかりで申し訳ない」
ワドヌイ様は微笑みました。
「皇太子殿下は、エルヴィラ殿が本当に大切でいらっしゃると見える」
わたくしはどういう顔をしていいかわかりませんでした。
ルードルフ様は、きっぱりと続けます。
「はい。だからこそいつか急に、目の前からいなくなりそうで不安なのです」
ルードルフ様はわたくしを見つめて仰いました。
「そのためにエルヴィラに関すること、特に、聖女に関しては、どんな小さなものでも知っておきたいのです。後で悔やまないために」
ワドヌイ様は静かに言いました。
「お気持ちはわかりました。しかし、どんなに万全を尽くしても、抜かりがあるものですよ」
「仰る通りです……」
ルードルフ様のあまりに正直な様子に好感を抱かれたのでしょうか、ワドヌイ様は微笑みました。
「私の知りうる範囲でよければ、質問に答えましょう」
「ありがとうございます!」
ワドヌイ様は、空を見上げて仰いました。
「前の聖女のリディア様は、元々お体が弱く、病に倒れてから、ご本人の希望でここに葬られました」
とはいえ、とワドヌイ様は目を閉じます。
「私どもが看取ったわけではございません。すべてが終わってから、先代の大神官殿に知らされました」
「リディア様も、やはりそのときの王と結婚していたのですか?」
ルードルフ様の質問に、いいえ、と首を振りました。
「お体が弱いこともあったのでしょうが、ずっとお一人でしたよ」
「そうなのですか?」
「なにか疑問が?」
「エルヴィラの聖女認定の儀式のときのことですが——」
ルードルフ様が、わたくしをちらりとご覧になったので、わたくしは小さく頷きました。
「わたくしのことは気にせず、どうぞ仰ってください」
「アレキサンデル王は、エルヴィラのことを、聖女に一番近いから婚約していたとか、聖女でないから婚約を破棄するとか、ほざいていたではないですか。あ、失礼。ですから、どの聖女様も、王族と必ず結婚するものだと思っていました」
乱れた言葉遣いを謝りつつ、ルードルフ様はまだ納得いってないようです。
そうですよね。
そんなこと言ってましたね。
わたくしは思わず、口を挟みました。
「アレキサンデル様とわたくしが婚約していたのは、王族と公爵家の関わりを強めるためで、聖女であることは、それほど重要視されておりませんでした」
特に、今の大神官様になってから、聖女を軽んずる風潮が出てきましたので、余計です。
「ではなぜあんなことを?」
ワドヌイ様が言い添えます。
「推測ですが、そういう筋書きにしなければ、非の打ち所のないエルヴィラ殿との婚約を破棄できず、さらには、男爵令嬢と結婚できなかったからではないでしょうか」
ルードルフ様が、なるほど、と呟きました。
「庶子だった男爵令嬢を本気で王妃に仕立てあげるためには、それくらい馬鹿げた計画をたてないと成功しなかったのかもしれませんね。本当に、誰も予想しない計画でした」
ルードルフ様はため息をつきました。
「私にとっては幸運でしたが、この国にとっては、災難でしたね」
「はい。ですから」
ワドヌイ様は、そこでルードルフ様をしっかりと見つめました。
「……よろしくお願いします」
「ええ、もちろんです」
ルードルフ様もそれに応じました。
そして。
「聖女様のお墓はあちらでしたよね」
ルードルフ様が、先程の方角に向き直ります。
「敬意を払って黙祷しても?」
「ぜひ」
ルードルフ様が黙祷し、わたくしや騎士たちもそれに倣いました。
前の聖女様は、今のわたくしたちをどう思っていらっしゃるのでしょう。
そんなことを、ふと思いました。
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