42、どうしたらいいんだ

「なんだと!」


ユリウスは、振り向いて、ユゼフを蹴り飛ばそうとした。

それでもユゼフは叫んだ。


「爺さんを監禁して、偽物を作らせてるのは誰だ! 見て見ぬふりも同罪だ! 聖女を冒涜しているのは、侮辱してるのはお前たちの方だ!」

「うるさい! うるさい! うるさい!」


振り解かれまいとしながら、ユゼフは言い続けた。


「聖女なら『乙女の百合』を咲かせられるはずだ! 偽物なんていらないんだ!」

「そんなこと知らねぇよ!」

「目を反らしても、消えるわけじゃないんだぞ」

「黙れっ!」


ユリウスは、力任せにユゼフを吹っ飛ばした。

ユゼフは地面に、衝撃を受けて倒れた。

クラクラして、息が荒くなった。

動きたくても動けない。

ユゼフは細い声で言った。


「じゃあ、もう……殺せ」


ユゼフは横たわったまま、言った。


「……その代わり、爺さんは助けろ。爺さんを門の外に出してくれ。できれば人通りの多い場所に」


聞き込みをしているうちに、何人かの協力者が現れた。

そのうちの一人が、外でユゼフが戻るのを待っている。

動きがあれば、察してくれるはずだ。


「自分と引き換えに、老いぼれを助けろって言うのか?」


ユリウスは、理解できないという顔をしている。

もちろん、ユゼフだって、進んで死にたいわけじゃない。

だが、自分より、アドリアンが生き残ってるほうが、証人として、役に立つ。


「爺さんは、孫の結婚式に出なきゃいけない。約束したんだ。俺は独り身だからな。子もいなければ孫もいない」

「結婚式? そんなもので——」

「悪いが」


アドリアンが口を挟んだ。


「殺すならわしにしてくれ」

「なんなんだよ! お前ら!」


ユリウスは叫んだが、アドリアンは平然と続けた。


「わしが殺されたら、もう偽物は作れない。その方が、長い目で見たら国のためだ」


ユリウスが、ハッとしたような顔をした。アドリアンが頷く。


「……ずっと、怯えていた。こんなことをして、ただで済むわけがない。誰か、あの百合が偽物だと気づいてくれ、と思ってたんだ」


ああそうかと、ユゼフは思った。

だからアドリアンは、危険を冒してでも、花弁を七枚にしたのか。

気付いてもらうために。

アドリアンはユゼフを見た。


「孫が心配で言いなりになっていたが、お節介なその男なら、なんとかしてくれるだろう。だから、わしを殺せ。そして、そいつを逃がしてくれ」


ユゼフは小さく笑った。こんなときでも笑えるのかと、自分で思った。


「なぜ笑う?」


聞いたのは、アドリアンだ。だって、とユゼフは答える。


「爺さん。それじゃあ、俺が来た意味がないじゃないか。苦労したんだぜ、ここまで来るの」

「意味はあったさ。好き勝手生きてきたつもりだが、最後まで心配してくれる孫がいて、会ったこともないのに助けにきてくれる無鉄砲な奴がいて。人生の終わりには十分な贈り物を貰ったよ」


だから、とアドリアンはユリウスに再び言った。


「殺すならわしだ。わかったな?」

「待て」


ユリウスが困惑した声を出す。


「お前らは知り合いじゃないのか?」


アドリアンが答えた。


「いや、今日、初めて会った。そいつは、ただの無鉄砲野郎だ」


助けようとしたアドリアンにそう言われるのは心外だったが、その通りなので、ユゼフは言い訳がましく呟いた。


「会うのは初めてだが、探っているうちに、爺さんの作品をいくつか見せてもらった。見事だった。人の心を揺さぶるものばかりだった。あれを見たら、もう知り合いみたいなもんだ」

「光栄だね」

「……正気か?」


ユリウスは呆然と呟いた。


「知り合いでもなんでもないのに、どうしてそこまでできるんだ? お前ら、おかしいのか?」


ユゼフは、ユリウスに言った。


「俺から見たら、おかしいのはお前だよ」

「何?」

「このままじゃ、最悪のことになるのに、どうしてぼんやりしてられるんだ。目を覚ませ」


ユリウスは剣を握り直した。


「なんでお前ら、そんなんなんだ? 俺は騎士だぞ? 剣を持ってるんだぞ? 怖がれよ。泣いて助けを求めろよ」

「残念ながら、怖くはないな」


ユリウスが、剣を大きく振り上げた。


「だったら、望み通りに殺してやるよ、それでいいんだろ?」

「爺さんはやめろよ!」


アドリアンに刃が向けられないように、ユゼフは再びユリウスにしがみつこうとしたが、体に力が入らなかった。

ユリウスの剣はユゼフと違う方に向けられた。

やめろと言う間もなく。


——ざくっ。


鈍い音がした。


「お前……」


見ると、ユリウスが、剣を地面に突き刺してうずくまっていた。

ユリウスは、ゆっくりと、顔を上げた。

その目は濡れていた。


「俺だって……」


ユリウスは、水をすくうように、両手のひらを丸めて上に向けていた。

その手は、小刻みに震えていた。


「俺だって、災害が収まらないのは、どうしてだろうと思っていたさ。でも、その度に、大したことじゃないと、思ってきた。そう言われてきたからだ」


ユリウスは自分の両手を眺めたまま、呟いた。


「でも、確かに、花弁は七枚あった……それは、この目ではっきり見たことだ」


ユリウスは、ぐいっと涙を手で拭った。


「知りたくなかった……でも、知ってしまったからには、知らない頃には戻れない」


どうすればいいんだ、とユリウスは聞いた。



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