41、あのときの短気な騎士か
港で会ってる。
その言葉で、ユゼフもユリアスのことを思い出した。
アレキサンデルが視察に来たとき、一緒にいた騎士だ。
——貴様、聖女様を侮辱しているのか?!
災害と聖女が関係あるのか聞いたら、王より先に怒っていた。
あのときの短気な騎士か。
「おい、よく見たら、さっきと服が違うな? どこで手に入れた。何をするつもりだ?」
剣はすでに抜かれていた。
どこか幼さの残る顔はまだ、若い。
買収に応じるタイプではなさそうだ。
金はあるが武器はないユゼフは、なんとかアドリアンだけでも守ろうと、腹を括る。
「光栄だな。覚えてくれていたのか」
「貴様! 開き直るつもりか?」
「開き直ってないさ。光栄と言っただけだろ」
「今すぐ、こいつを突き立ててやってもいいんだぞ」
ユリウスが剣を上げる。
ユゼフは、わかったよ、と両手を上げた。
「何をするつもりか、説明するから話を聞けよ。お前は王に仕える騎士だろう?」
「ああ?」
ユリウスが眉を寄せたが、ユゼフは続けた。
「王とはこの国を統べるものだ。ということは、王を守ることで、お前はこの国を守っている」
「だから今、こうやって、お前を捕まえようとしている!」
剣先が、さらにユゼフに近付いた。
「怒るなって。何もしないから、ほら」
ユゼフは両手をさらに上げた。
「国を守って、大事にしたいのは俺だって同じだよ。俺は今日、国のために動いていたんだ。つまり、俺もお前も、やってることは、同じなんだ」
「ふざけるなっ……」
ぐい、とユゼフの首元に剣先が当たった。
「この状況でふざけられないさ」
わずかに血が滲む。
もちろん痛いが、顔には出さない。
「なあ、騎士なら災害の多さ、よく知ってるだろ?」
いくらでもサボれたのに、あんな短い出会いを思い出して、怪しい俺を捕まえようとした。
根はきっと、真面目な男だ。
短気なのは、自分なりの正義感があるからだとも言える。
「災害をなくしたい、なんとかしたいと思うだろ? 俺だってそうだ」
「お前みたいな詐欺師と一緒にするな!」
剣先がさらに皮膚を切った。
「……つっ!」
思わず声が出た。
傷は深まったが、ユゼフはユリウスの目を見据えたままだ。
「手段は違う。だが、目的は一緒だ。民も国もすでにかなり、疲弊している。食い止めるなら今だ」
ユリウスは黙った。
よかった、とユゼフは思った。
ここで黙ると言うことは、ユリウスもやはり同じ危機感を感じているのだ。
「……詐欺師と一緒にするな」
ユリウスは同じ言葉を繰り返したが、少しだけ勢いが弱まった。
「じゃあ、俺のことは詐欺師でいい」
交渉開始だ。
「捕まえて牢にでもいれてくれ。その代わり、ひとつだけ、頼みを聞いてくれないか」
「頼める立場だと思っているのか?」
ユゼフはそれには答えず、荷車の上の袋を指差した。
「袋の中の爺さんを、逃してくれないか」
そして、孫のところに、帰してやってくれ。
「袋? 袋の中に人がいるのか?」
ユリウスは、驚いた顔をした。ユゼフは頷く。
ユリウスは、剣先を近付けたまま言った。
「ゆっくりと袋を開けて、中身を見せろ。余計なことはするなよ」
ぐい、とユゼフが布を取って、袋の口を広げる。
怯えた目をしたアドリアンが現れた。
ユリウスは納得したようだった。
「つまり、罪人を逃がそうとしていたんだな?」
「罪人じゃない。この人は何もしていない」
「悪い奴はみんなそう言う」
ユゼフは言った。
ここから先は賭けだ。
「騎士なら、聖女様のお披露目に出ただろう?」
こいつが信じているのは聖女信仰なのか、ナタリアなのか。
「それがどうした」
それによって、結果が変わる。
「あのとき、ナタリア様が持っていた『乙女の百合』は、この爺さんが作ったものなんだ」
「……お前っ!」
ユリウスは、ユゼフの襟首を持ち上げた。さっきの傷口から、血がポタポタ垂れたが、ユゼフは話し続けた。
「王都一の細工職人だったこの爺さんは、逃げないように足を痛め付けられて、贋作を作り続けてたんだ。不思議なことに、贋作は、作った端からすぐ壊れたそうだ。だから、今まで生かされていた」
「そんな話、信じられるか」
「じゃあ、なぜ、今回のお披露目があんなに遠くからだったんだ? 近くで見るとバレるからだろ」
「……警備上の理由だと聞いている」
「あんたは側で見たんだろ? 本物の百合にしては、花弁が硬すぎるように見えなかったか? 不自然じゃなかったか」
「知るかっ! 陛下とナタリア様が本物だと言えば、それは本物だろう! 大神官様もいた! 全員嘘ついていたって言うのか?」
「……七枚だ」
かすれ声で、アドリアンが言った。
ユゼフとユリウスは思わず耳を傾けた。
「……参考に見せてもらった、黄色い花弁の『乙女の百合』は……花弁が六枚だった……」
ユゼフはハッとした。
黄色い花弁の『乙女の百合』の花弁が六枚なら、本物の『乙女の百合』の花弁も六枚だろう。
それが七枚ということは。
「ナタリア様の百合に、わしは、あえて七枚目をつけた。六枚目と重ねるように。光に透かすとそこだけ白が濃いように」
アドリアンの声は震えていた。
「お前さん……見たんだろ? どうだった?」
ユリウスは、何も言わなかったが、表情が語っていた。
ユリウスは、アドリアンの作った七枚目の花弁に気付いていたのだ。
「嘘だ!」
ユリウスは、ユゼフをいきなり放し、アドリアンに殴りかかろうとした。
「貴様、聖女様を侮辱しているのか?!」
ユゼフは慌てて、その足を押さえ込んだ。そして叫んだ。
「聖女を侮辱しているのはお前たちの方じゃないか!」
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