37、不思議と清々しい気分で一杯でした

しまった、と思いました。

断るにせよ、早すぎました。

明らかに、わたくしがアレキサンデル様のことを嫌がっていると露見してしまいました。

まあ、事実ですが。


そうですね。


わたくしは、不思議と清々しい気持ちで考え直しました。


事実ですもの、仕方ありませんね。


以前のわたくしなら、こういう場面でも、きっと嫌々応じていたでしょう。

でも、もうそんなことはいたしません。


もっと前から、こうすればよかった、とほんの少し自省しましたが。


そもそも、よく、申し込みにこれましたね?


そう思い当たって、すぐに自省を打ち消しました。


だって、結婚式当日に。

新郎が。

自分が婚約破棄した相手に、ダンスを申し込むなんて。


ありえません。


わたくしが喜んで受けると思っていたのでしょうか?


……思っていたんでしょうね。


それにしたってナタリア様の立場がないでしょう。

今日はなぜか、ずっと大人しいナタリア様ですが、こんな日くらい、花嫁のそばについていて上げて欲しいものです。


周りの貴族たちは、さりげなく、しかし、しっかりと、こちらの様子を伺っています。彼らの気持ちもわかります。わたくしも他人事なら、この先どうなるかと見届けたくなるでしょう。


でも、他人事ではなく、わたくしがなんとかせねばならないことなのです。

どうしましょう、とわたくしが迷っておりますと。


「くっ……」


と、ルードルフ様が耐えきれないという様子で、喉の奥で笑いました。


「いや、失礼しました」


凛とした様子で、アレキサンデル様に話しかけます。


「妻の具合が心配で、声がひっくり返ったようです」


言い訳になっていない気がしますが、それもすべてわたくしを庇ってのこと。エサイアス様が下を向いて、肩を震わせていらっしゃるように見えるのは、見間違いですわよね。


アレキサンデル様の固い声がします。


「心配で出た声には、聞こえなかったが」


ちらりとお顔を伺いますと、真っ赤です。どうやら、怒っていらっしゃるご様子。

そうですよね。こういうとき、アレキサンデル様は怒りますよね。

ご自分のなさったことをすべて、棚に上げて。自尊心が傷つけられることを何よりも嫌うお方ですもの。

繊細だから傷つくのか、傷つかないように守るから、余計に繊細になるのか、難しいところだと思いますが。


「王の誤解ですよ」

「誤解には思えなかったが」


と、そんなことを考えている場合ではありません。


お二人の会話は、どんどん緊張感を増してきました。とにかくこの場をなんとかしなくては。元はと言えばわたくしが言い出したことです。


「しかし——」


アレキサンデル様がまた何か言いかけました。何も言わせてはいけません。どうせいいことを言うわけではありませんので。 


「あっ……ルードルフ様!」


恥ずかしいですが、仕方ありません。わたくしは、わざと大げさな声を出して、ルードルフ様にもたれかかりました。


「おっと」


ルードルフ様が、難なく抱きとめてくださいます。

わたくしは、ルードルフ様のお顔をじっと見つめて言いました。


「申し訳ございません、わたくし、ワインをいただきすぎたようですわ。故郷の味が懐かしくて、つい」


我ながら下手な演技です。けれど、ルードルフ様はそれに合わせてくださいました。


「ああ、エルヴィラ、それはいけないね」


ルードルフ様は、わたくしの腰に手を回したまま、アレキサンデル様に仰いました。


「そういうわけですので、妻を休ませたいので、陛下、誠に残念ながらここで失礼します。末長くお幸せに」


アレキサンデル様は、それでも引き留めようとしました。


「あ、いや、すぐに近くの部屋を用意する」


ルードルフ様は、ふっと剣呑な瞳になりました。それでもすぐに、口元に笑みを作ります。


「ご心配なく、陛下。今夜こそ安全な場所で過ごそうと、すでに準備は万端です。ああ、貴国の騎士たちは十分頑張っておりますよ。ねぎらってやってください」


そして、わたくしの腰を押すように歩き出しました。

本当ならばわたくしもご挨拶するべきだったのでしょうが、気分の悪いふりに乗じて、何も言わずに立ち去りました。


「陛下、ご安心ください。私共がきちんとおもてなしいたします。これも我が国のためです」


エサイアス様がにこやかに言い放ったのが、背後から聞こえました。



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