36、考えるより先に言葉が出てしまいました
晩餐会が終わると、大広間に移っての舞踏会が始まりました。
結婚したばかりの王と王妃がファーストダンスを踊るのを見守りながら、わたくしとルードルフ様はぴったりとくっついておりました。
ソフィア様とは少しお話いたしましたが、やはり疲れておいでのようで、早々に退出されてました。エサイアス様が送るようです。
そんなふうに、何をするわけでもなく、人の動きを見つめていたわたくしに、ルードルフ様が微笑みかけます。
あまりにも嬉しそうな笑顔でしたので、思わず伺ってしまいました。
「なにかお気に入りのものでも見つけまして?」
「いえ、そうではなくて……この宮殿で、堂々とエルヴィラの横にいれるのが嬉しいんですよ」
「そうなのですか?」
「今の私とエルヴィラを、エルマの言ったように、帝国のみんなにも見せたいな」
わたくしは思わず笑いました。
「戻ったらいくらでも見せられるではありませんか」
ルードルフ様は首を振ります。
「そうじゃなくて、今ここで、エルヴィラを見せびらかしている私ごと、みんなに見せたいんだ」
「無茶を仰いますね」
「どこにいたって、あなたは私の自慢の妻なんだから、仕方ありません」
「……」
わたくしは、ルードルフ様を見つめて、黙ってしまいました。
ルードルフ様の気持ちに嘘がないことを感じたからです。
皇太子妃という身分に守られておりますが、今のわたくしはこの国の人たちにとっては、『自分を婚約破棄した相手の結婚式に堂々と出席している、偽聖女の汚名を着た元公爵令嬢』です。
周りの貴族たちは、先程から好奇の視線を投げかけるばかりで、まだ、話しかけてはきません。
そんなわたくしを、ルードルフ様ははっきりと、自慢の妻だと仰ったのです。
「エルヴィラ?」
そんなルードルフ様の気持ちが、嬉しくて、暖かくて、わたくしは微笑みかけました。
「わたくしもです」
「え?」
わたくしの答えが意外だったのでしょうか、驚いた顔をするルードルフ様に、わたくしは言い添えます。
「わたくしにとっても、ルードルフ様は、自慢の夫です。いつも、どこにいても」
「……」
ルードルフ様は、ぎゅっ! とわたくしの手を握りました。
「ルードルフ様?!」
「じっとしてられません! 踊りましょう、エルヴィラ」
「え、あ、はい」
突然申し込まれたダンスに、わたくしは戸惑いながらも応じます。
長年の練習の賜物で、周りの注目を浴びながらも、わたくしはそつなくステップを踏みます。
「ダンスで触れる分には、お父様も多目に見てくださいますよね」
ルードルフ様は、踊りながらそう仰いました。
「それはもちろん、そうですが……」
わたくしは思わず言ってしまいます。
「でも、ルードルフ様、結構な頻度で手は握られますよね……」
「あ」
「もしかして、無意識だったのですか?」
「すみません……」
わたくしは可笑しくて、笑ってしまいます。
そんなわたくしを見つめていたルードルフ様は改まって、
「事後承諾になりますが、ダンスの範囲なら、触れることを許してもらえますか? そして、その先もいずれ」
そんなことを仰るので、今度はわたくしがドキドキしてしまいました。
「そ、そうですわね」
優雅に踊るふりをして、そう答えるのが精一杯でした。
「……まあ、アグニェシュカ様と」
「驚きですわ……」
踊り終わった後休んでおりましたら、そんなざわめきが聞こえました。見ると、アレキサンデル様が、アグニェシュカ・パデーニ伯爵令嬢と踊るようです。
けれど、わたくしには関係のないことです。
ちらりとナタリア様の方を伺いましたが、相変わらず、男性貴族に囲まれてご機嫌な様子で、わたくしがいた頃とお変わりないようでした。
見守る令嬢や夫人たちの心中までわかりませんが、王妃様相手に何も言えないでしょう。
そこに。
「ご無沙汰しております、エルヴィラ様」
ソフィア様を送り届けたエサイアス様がお戻りになられたので、ようやくご挨拶いたしました。
「この度は急なことをお願いして申し訳ございません」
「いいえ、大変光栄です」
エサイアス様は爽やかに応えます。
「お兄様も親しくさせていただいているとか。無理なことばかり申し上げているのでしょう」
「エルヴィラ様がお小さい頃から、どんなに可愛らしかったかなど、お聞きしましたよ」
「まあ、お兄様ったら」
すると、前のめりにルードルフ様が仰いました。
「その話、ぜひ私にも聞かせてください」
「もちろんです」
「もう、ルードルフ様!」
お兄様に、余計なことを云わないように口止めしなくてはいけませんね。
「ところで、『聖なる頂き』なのですが」
飲み物をいただきながら、ルードルフ様が仰いました。
「山の民が神聖視しているとは聞いていますが、どんなところなのですか」
エサイアス様が答えます。
「荘厳な景色です。あそこはもともと、墓標なのですよ」
「墓標?」
「代々の聖女様は亡くなるとあそこに葬られるのです」
ルードルフ様は、驚かれたようでした。
「お墓とは知らなかった」
わたくしは思わず口を挟みます。
「すべての聖女様があそこに葬られるわけではありませんわ。代々の家のお墓に入られる聖女様もいらっしゃいます」
「でも、前聖女様は、あそこで葬られましたよ」
「どんな方だったのですか」
それにはわたくしが答えます。
「わたくしもお会いしたことはないのですが、庶民の出ながら、民のために一生懸命お祈りした立派な方だと伺ってます。あそこで亡くなられたそうなので、そこに葬られたのです」
「亡くなられてから運ばれたのではなく、そこで亡くなられた? 何歳で?」
「二十三歳ですわ。聖女になられて、五年後でした」
「そんなに若く? どうしてまた?」
「詳しいことはわかっていないのです。もともと体が弱い方だとは聞いております」
ますます心配そうな顔をするルードルフ様に、わたくしは言います。
「ですが、そのさらに前の聖女様は、男爵家の方で、男爵家のお墓に入られたそうですわ」
「その方は、結婚は?」
「されました。旦那様が亡くなった後は修道院で暮らしたそうです」
「そうなのか」
ルードルフ様は何か考え込んでおられました。
エサイアス様が、なにか話しかけようとされたそのとき。
まさかの人物から、わたくしに声がかかりました。
「楽しんでおられますか?」
「陛下?!」
ルードルフ様に話しかけたアレキサンデル様は、次にわたくしに向かって仰います。
「よろしければわたくしと一曲踊っていただけ——」
「気分がすぐれないので失礼します」
考えるより先に言葉が出てしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます