26、これからずっと一緒なんだから

聖女認定の儀式が終わったその夜、宮廷では晩餐会が開かれました。


いろんな方が挨拶に来てくださいました。あらかじめ頭には入れておりましたが、すべての方の顔と名前を、わたくしはもう一度叩き込みました。


晩餐会を終えると、ルードルフ様が離宮まで送ってくださいました。


「長い長い一日でしたね。エルヴィラ、ゆっくり疲れを癒してください」

「疲れているのはルードルフ様も同じでしょう。ルードルフ様こそ、きちんと休んでくださいませ」


歩きながらそんな話をします。

と、ルードルフ様がいつもと違う道順を示しました。


「夜の空気を吸うために、庭園を通って帰りませんか?」


わたくしは大賛成しました。こちらの庭園はどれも見事なのです。


「ぜひ」


素直にそう伝えると、ルードルフ様は嬉しそうに笑いました。


月が明るく、草木を照らします。

わたくしはやっと、落ち着いた気分になりました。


「それにしても」


ルードルフ様は笑いながら仰いました。


「ローゼマリー・ゴルトベルグ嬢には参ったね」


一生懸命なローゼマリー様を思い出して、わたくしも頬が緩みました。


「少しエルマを思い出しました」

「確かにそうだね」


そうだ。


わたくしは、先ほども思い付いたことを、口にします。


「ルードルフ様、お願いがあるのですが」


ルードルフ様は、嬉しそうに仰いました。


「なんですか? 何でも言ってください」


辺りに誰もいないことをそっと確認してから、わたくしは申し上げました。


「差し支えなければ、ローゼマリー様を、わたくしの侍女にしていただけないでしょうか」

「侍女に?」

「ローゼマリー様のご意向を伺ってからですが」

「ご意向も何も、本人が聞いたら狂喜乱舞するんじゃないでしょうか。でも、いいのですか?」


はい、とわたくしは頷きました。


「これから、いろんな貴族の方がわたくしの侍女候補として名乗り出てくださることでしょう。その前にローゼマリー様を選んでおくのは、指針としてわかりやすいと思うのです」


ルードルフ様は立ち止まってわたくしに聞きました。


「つまり、聖女に対する信仰心の強い者でなければエルヴィラの侍女にはなれない、ということですか」

「ええ」


ローゼマリー様を侍女に迎えることで、今後、王室に近づきたいものは、例え表面上だけでも、敬虔な聖女信仰者のふりをするでしょう。ということは、神殿を敬うことになります。

もちろん、わたくしは、わたくしのためにこんなことを申し上げているわけではありません。


「差し出がましいとは思うのですが」


わたくしは簡潔にお伝えします。


「ルードルフ様がいずれ即位されたとき、わたくしという聖女を妻にしているわけです。聖女信仰を下地にして国をまとめあげるのは、合理的かつ強力な要素ではないでしょうか」


いろんな国を吸収して築き上げた帝国をまとめるのに、規律が緩やかな聖女信仰を柱にするのは民の抵抗が少ないいい考えだと思います。

ルードルフ様が次期大神官であるエリック様と近しいのも、いい方向に働くはずです。


「もちろん、既存の信仰を尊重する前提ですが」


わたくしの真意をルードルフ様は察してくださったようです。


「エルヴィラ、私のために無理をされるなら——」

「ルードルフ様のためになることをわたくしがするのは当然でしょう?」


それが聖女でありながら、皇太子妃であるわたくしの役割です。

それに、とわたくしは申し上げました。


「ローゼマリー様の心配は、国民の心配でもあると思うのです」


ルードルフ様はなにも仰いません。わたくしは月を見上げました。

とても穏やかな光です。


「わたくしは必ずここに帰ってきます。そのためにも、ローゼマリー様に待っていていただきましょう」

「明日にでも、ゴルトベルグ伯爵を通じて、お伺いを立てましょう。まあ、父親が反対したら家出してでも宮廷に来そうだけど」


わたくしは笑いながら頷きました。


「お願いします」


やがて離宮に到着しました。

ルードルフ様は仰いました。


「おやすみなさい」


わたくしも、申し上げます。


「おやすみなさいませ、ルードルフ様」






それから一週間後。


「ああ、エルヴィラ、元気そうでよかった!」

「お母様も……」


わたくしは、お父様とお母様とリシャルドお兄様と再会いたしました。結婚式のために、ゾマー帝国に来てくださったのです。


「エルヴィラ、我娘よ」

「元気だったか、エルヴィラ」

「お父様、お兄様も……お久しぶりです」


抱擁を交わすと、胸が一杯になりました。

離宮で家族の再会を味わえるようにと、ルードルフ様が部屋を用意してくださいました。

早速、お茶を飲みます。


「オルガが会いたがっていた」


湯気の向こうのお兄様の微笑みは、昔と同じでした。


「まあ、オルガ様……わたくしもお会いしたいですわ」


お兄様の婚約者であるオルガ様とは、時折、贈り物をする間柄でした。いつも趣味のいい小物を贈ってくださるのです。


「しかし、まさかルードルフと結婚するとはな」

「わたくしも、驚きました」

「まあ、あいつより全然ましだ」


あいつとは、アレキサンデル様でしょう。今までなら、お兄様のそんな仰りようをたしなめるお母様が、黙ってお茶を飲んでおります。


「知っているか? ルードルフは、お前のことをずっと見ていたぞ」


お兄様が軽口を叩きます。


「ずっと?」

「ルードルフは、我が家に何回か来ただろう?」

「いらっしゃいましたが」


ルードルフ様は何度か、お父様の招待でトゥルク王国を訪れています。わたくしとも何度も会話しました。

けれど、ずっと見ていたと言われたら、首を捻るばかりです。


「まあいい、その辺はルードルフから聞けばいい。これからずっと一緒なんだから。まさか、ルードルフが義弟になるとはな」


お兄様の言葉に、思わず茶器を持ち上げる手を止めてしまいました。


ずっと、一緒。

そう。

これからルードルフ様とずっと一緒なのですわ。


「なんだ? 照れてるのか?」

「リシャルド! いい加減になさい」


お母様が、たしなめました。





その翌々日が結婚式でした。

今回はエリック様ではなく、大神官様に儀式を司っていただきました。

神殿を出ると、祝福の声が響きます。


「皇太子様! 皇太子妃様! おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「ゾマー帝国の若き太陽と月!」


わたくしは本当に幸せでした。

隣に立つルードルフ様に囁きます。


「よろしくお願い致します」

「こちらこそだよ。もう離さない」


ルードルフ様は臆面もなくそんなことを仰います。

リシャルドお兄様が、笑いました。


「妹を頼みますよ、皇太子様」

「何よりも大切にします」


ルードルフ様はわたくしを見つめて、そう仰いました。






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