24、聖女であることを、この世界すべてに誓えますか
ゾマー帝国の神殿は、トゥルク王国のそれと違い、外にも中にもたくさんの柱が建てられてました。
柱と柱の間には、儀式を見守る貴族たちが立っていらっしゃいます。
先程から感じる突き刺すような視線は、そこから注がれているようです。
ですが、慣れております。
わたくしは淡々と進みました。
この国に昔からいる貴族の方からすれば、わたくしは突然現れた者。
聖女信仰が強い国ですから、表立っては何も言わないかもしれませんが、簡単には割りきれないでしょう。
それに。
わたくしは聖女になるだけでなく、皇太子様と結婚もするのです。
探るような、鋭い視線くらい、当たり前ですよね。
天井の高い、大理石の神殿の中央を歩きます。
あちらこちらに黄色い花弁の『乙女の百合』が飾られており、この日のために、修道院の方たちが総出でがんばってくださったことを思い出しました。
わたくしは頭を動かさず周りを伺います。
皆様、この場にふさわしい、慎ましやかなドレスや上着を着ているようです。
比べてはいけないかもしれませんが、ナタリア様ほどの、非常識な格好の方はいらっしゃいません。
ということは。
皆様、内心はともかく、表面上はわたくしと常識的に接してくださるはず。
ここからどれくらい、本物の味方を作ることが出来るのかは、わたくしの器次第でしょう。
ほんの少しだけ、ナタリア様を思い出したわたくしは、すぐに切り替えました。
奥の祭壇には、わたくしが手にしているのと同じ、白い花弁と青い花粉の『乙女の百合』の鉢植えがずらりと並べられています。
どの鉢の百合も満開でした。
「ようこそ」
祭壇の前には、今日この場を司る、若き神官、エリック・アッヘンバッハ様が立っておられます。
近皇帝陛下とクラウディア様、そして、ルードルフ様の姿も見えます。
少し離れたところには、護衛騎士のクリストフが。
騎士団長のハルツェン・バーレ様を初め、騎士団の皆様には、随分と無理をかけたでしょう。
今日のこの日関わってくださったすべての皆様に感謝しながら、わたくしはエリック様に近付きました。
「こちらへ」
エリック様の合図で、わたくしは立ち止まりました。
手伝いの修道士が、聖水の入った平たい器の乗った盆を持ってきます。
「『乙女の百合』をここに」
わたくしは手にしていた『乙女の百合』の花束を、聖水の入った器にそっと入れました。
「おお……」
周りから驚きの声が上がります。
『乙女の百合』は更に白い花弁を輝かせ、青い花粉をきらめかしました。
艶やかな匂いが一層強くなり、立ち並ぶ貴族たちの間から、さらにため息がもれました。
エリック様は頷きます。
「聖水に入れても尚、増す輝き……伝承通りです。神殿はこれが『乙女の百合』であることに相違ないことを、ここに認めます。そして、あちらに並べられた鉢植えの百合も、おなじく『乙女の百合』であることを、認めます」
エリック様は、わたくしをまっすぐ見つめました。
「ゾマー帝国の神殿は、『乙女の百合』を咲かせた、エルヴィラ・ヴォダ・ルストロを、聖女と認定する。エルヴィラ・ヴォダ・ルストロ。汝、聖女であることを、この世界すべてに誓えますか?」
わたくしは頭を垂れて誓いました。
「はい、誓います。この世界の、海、山、大地、空、地下、天すべてに、誓います」
「この汚染された世界を清らかにするために、ぜひ、力を貸してください」
「この身を尽くす所存です」
「ありがとうございます」
鼻声に気付いて顔を上げると、エリック様が、涙ぐんでおられました。
「本当に、よく、この国にきてくださいました」
エリック様は、なんと、わたくしに深々と頭を下げました。わたくしも思わず胸を熱くして、お辞儀を返します。
打ち合わせにない拍手が聞こえてきたと思ったら、クラウディア様でした。
あとを追うように、皇帝陛下や、ルードルフ様、そして他の貴族たちが拍手をします。
わたくしは感激の涙をこらえながら、一礼し、『乙女の百合』を祭壇に捧げました。
エリック様が最後の言葉を告げます。
「この儀式に異議があるものは、今のうちに申し出よ。なければ、これで聖女の儀を終える」
誰もなにも言いません。
打ち合わせのときから、この問いかけは形式だけのものなので、誰もなにも言わないだろう言われていました。それでも、ほっとしました。
あとは退出するだけです。
ドレスの裾をひるがえし、わたくしは来た道を戻りかけます。
と、そのときです。
「あの……異議があります」
細く、通る声が、どこからか響きました。
辺りがざわつきます。
声を上げたのは、可憐なひとりの令嬢でした。
「ローゼマリー・ゴルトベルグ伯爵令嬢、どうしましたか」
エリック様が穏やかに問いかけます。
「この儀式に、異議があるんです……構いませんか?」
「どうぞ、仰ってください。異議がないか聞いたのはこちらです」
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