23、エルヴィラ・ヴォダ・ルストロ様、ご入場です

いよいよ、今日は『乙女の百合祭り』です。

この日のために純白に塗り上げられた馬車に乗って、わたくしは宮殿から神殿へと向かいました。

けれど。


「すごい人ですわ……」


街道沿いには、大勢の人が集まり、騎士たちが必死に警護してくださっているのがわかります。

想像以上のスケールに、わたくしは感嘆の声をあげました。

わたくしの隣で、ルードルフ様が頷きます。


「『乙女の百合祭り』と、聖女のお披露目が同時に行われるなんて、滅多にないからね。みんな、一目だけでもエルヴィラを見たいんだよ」

「エルヴィラ様ー!」

「聖女様!!」


暖かい声に、わたくしは控えめに手を振り返して応えます。


「騒がしくて驚いたんじゃない?」


ルードルフ様が笑いながら仰います。

いいえ、とわたくしは目線は皆様から外さずに答えました。


「本当に?」


ルードルフ様も、わたくしと同じように、皆様に手を振り返します。

歓声が一際大きくなりました。


「わたくしはこちらの方が好きです」


ガラガラと、車輪の音が石畳に響きます。わたくしとルードルフ様の会話は、街道の皆様には聞こえてはいないでしょう。

ですが。


「エルヴィラ様ー!」

「聖女様—————っ!」

「エルヴィラ様ー! お綺麗ですー!」

「お幸せにー!」


皆様の声は、こちらにはっきりと聞こえてくるのです。どれ程の大声で、伝えてくれているのかと思うと、それだけで胸がいっぱいになります。

皆様、手に造花を持ち、それを高く掲げています。


「お祭りには絶対あれを持ってるんだ」

「お話には聞いていましたが、小さな子供まで持っていて、本当に可愛らしいですわ。そして、聖女のような白い服も」

「ああ、どちらも『乙女の百合祭り』の必需品だよ。だが、エルヴィラの手のそれには叶わない」


わたくしの手には、もちろん、本物の『乙女の百合』が丁寧に束になっております。

予想以上にたくさん咲いてくれましたので、残りは神殿に運ばれていました。


今日のわたくしの服装は、飾りのない、白いドレスです。

ドレスの色に合わせた大粒の真珠のネックレスとイヤリングを、今日のためにルードルフ様が贈ってくださり、それも身に付けております。


鉱山から取れる宝石と違い、冷たい海の中を潜って採りに行かなくてはならない真珠は、大変な貴重品。それもこんな大粒。もったいなくて、一度はいただくのを辞退しそうになったのですが、せっかくだからとエルマとクラッセン伯爵夫人が強く言い添えてくださり、やっと手に取ることができたものでした。

けれど。


「ああ、今日のエルヴィラに、その真珠でも足りない。本当に美しいよ」


始終、この調子で褒めっぱなしですので、わたくしは恥ずかしさで外ばかり見てしまいます。

ただ、それはそれで。


「なんて美しい!」

「皇太子様が、長い間恋い焦がれるはずだ」


お優しい皆様のそんな声が耳に入り、わたくしは赤面しないように、と必死でした。


「みんな、喜んでいる。本当に嬉しそうだ」

「嬉しいのはわたくしの方です」


本心から、そう申し上げました。




人々の姿も少なくなり、馬車はいよいよ神殿へと到着します。

体調の優れない大神官様の代わりに、エリック様が今日の儀式を執り行ってくださることになっています。


「エリック様、まだお若いのに本当に立派です」


改めてそう申し上げますと、ルードルフ様は嬉しそうにおっしゃいました。


「生意気な奴なんですが、能力だけは高いんですよ」


本当に仲良しなんですね、と口には出さず、わたくしは目だけで微笑みました。






「聖女様、お手をどうぞ」


ルードルフ様が、手を取ってくださり、わたくしは馬車を降ります。


「ようこそ、エルヴィラ様」


入り口で、二人の修道士たちが揃ってお辞儀をしました。


「申し訳ありませんが、皇太子様はここまでとなっております」

「ああ。それではエルヴィラ、中で待ってる」

「はい。ありがとうございました」


ルードルフ様は立ち去りました。

大きな扉の前に、わたくしは一人で佇みます。

先程の修道士たちが、今まさに、その扉を開けようとしていました。


神殿の中には、ゾマー帝国の高位貴族の方々が集まっています。


去り際にルードルフ様がわたくしの顔をチラッと見ましたが、心配なのでしょうか?

まさか、ですわね。


ご安心ください。

ルードルフ様。


見事に咲き誇った「乙女の百合」を手に、わたくしは、顔を上げて、扉が開くのを待ちました。


「エルヴィラ・ヴォダ・ルストロ様、ご入場です」


扉が開く、重い音が響きます。

中から、突き刺すような視線を感じながら、わたくしは神殿に足を踏み入れました。

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