22、聖女に対する、そもそもの価値観が違うのでしょう

「反対です!」



一方、ゾマー帝国のルードルフの執務室では、そんな声が響いていた。


「ルードルフ様とエルヴィラ様がトゥルク王国を訪問するとか、ありえません」


ルードルフの側近のフリッツ・ギーセンだ。


「また、キッパリ言うな」


豪華な椅子に座ったルードルフは、執務机を挟んでフリッツを見上げる。


「周りくどく言っても殿下には通じませんから」

「ではこちらもハッキリ聞こう。なぜだ?」


フリッツはぐいっと顔を寄せた。


「護衛の手間を考えてください! エルヴィラ様は、あの国では命を狙われまくっているんでしょう? こちらに来るときは、まだ秘密裏に行ったのでなんとかなりましたが、今回は違います!」


それに、とフリッツは付け足した。


「皇后陛下と皇帝陛下は了解するでしょうか」

「それは私がなんとかする。というか、すべての問題はわたしがなんとかする。フリッツはその助けになってほしい」

「……またルードルフ様はそういう」


ルードルフは、昔馴染みにしか見せない笑顔で、フリッツを見る。


「できるだろ?」 

「そりゃ、できなくはないですが、ただでさえ、『乙女の百合』祭りと、結婚式の準備で慌ただしいのに……」

「悪いな。一緒に守ってくれ。我が妻を」

「まだ妻じゃないでしょう」

「あと少しだ。待ち遠しいな」

「私の前だからって素直になるのやめてください。なんでも素直に言えば、私が協力すると思ってますよね?」

「帝国広しと言えども、私が頼れる奴はそういない。フリッツはその数少ない一人だ」

「ぐっ……もう! わかりましたよ! わかりました! 予算は使わせてもらいますよ!」

「ああ、それは大丈夫だ」


フリッツは面白く無さそうに口を尖らせた。


「気前がよすぎません?」

「当たり前だろう」

「そんなものですか?」


首をかしげるフリッツに、ルードルフは呆れたように言った。


「私の婚約者ということを置いておいて考えろ。聖女を大切にしないなど、あり得ないだろ? 出来る限りの希望は叶えるべきだろう」

「聖女様だから、余計に心配なんですよ……万一怪我でもしたら」

「ああ、それはそうだな。特に物のわかってない奴らが相手だから」


フリッツは、小さく息を吐いた。


「ルードルフ様、今すごく悪い顔になってますよ。気を付けてください」

「そうか?」


ルードルフは手で自分の顔を触った。


「今、言いながら、心の中で、トゥルク王国のアレキサンデル王のことを馬鹿にしたでしょう? 顔に出てました」

「む、気を付けよう。さすがに本人の前だと、付け入る隙を与えることになるからな」

「そうですよ」

「だがまあ、顔は取り繕っても、本心は変わらないけどな。聖女を粗末にするなんて、何を考えているんだろう」

「聖女に対する、そもそもの価値観が違うのでしょう」

「恐ろしいものだな……まあ、私にとっては本当にあるかないかの僥幸だったが。婚約破棄を告げられたエルヴィラは気丈さを装っていたが、その細い肩がわずかに震えていてそれを見た私は思わず」

「そこから先のお話は、さんざん伺ってますので、割愛してください」

「冷たいな」

「警護の計画を立てなくてはならないので」


ルードルフは満面の笑みで、腹心の部下を見た。


「よろしく頼む」









そして別の日、トゥルク王国では。


「どこを探してもいません。もしかしてエルヴィラ様は国外に逃亡しているのではないでしょうか」


エルヴィラの行方に対する報告が行われていた。


「やはりそうか」


アレキサンデルは憂鬱そうに頭を抱えた。


「はい」


報告してきたのは、ロベルト・コズウォフスキ。

大神官の甥で、大神官の推薦で宮廷で働き出したばかりの男だ。

宰相になることが決まったヤツェクがさらに忙しくなってきたので、ひとまずエルヴィラの捜索を担当していた。


「やはりキエヌ公国だろうか」


公爵夫人の出身国に行ったのだろうか。キエヌ公国にも人を送っているがまだ返事はなかった。


「さあ。わかりかねます」


ロベルトはアレキサンデルの問いかけに、愛想のない返事をする。

しかし、アレキサンデルは、ロベルトが不思議と嫌いではなかった。


「ロベルト、お前、神殿で働いていたのだったな?」

「はい。下働きでしたが」


ロベルトは、何を考えているかわからない無表情で、そう答える。


「もし、もしだぞ? エルヴィラがこのまま戻らなければどうなると思う?」

「どうなるとは、どういうことでしょうか」

「本当に、あの自然災害はエルヴィラがいないから起こったのだろうか……」


言いながら、それでも、まさか、とアレキサンデルは思っていた。

聖女を擁護すべき立場の大神官が、聖女の加護は、ルストロ公爵が娘の権威を高めるために作った嘘だと遠回しに言っていたのだ。祈りなら神殿だって捧げていると。

ロベルトは興味なさそうに答える。


「私にはわかりかねます。まあでも、表向きはナタリア様が聖女でしょう。神殿とナタリア様に任せていたらいいんじゃないですか」

「任せていられたらいいのだが……」


アレキサンデルは無意識に顔をしかめた。

離れたところにいたので、気付かなかったが、ナタリアの舞踏会の振る舞いはアレキサンデルも聞いている。


「普段はあれでいいんだが、ナタリアは、王妃になるにはもう少し学ばなくてはいけないな」

「無理じゃないですか」


ロベルトはあっさり言った。


「ナタリア様は庶民出身ですし、小さい頃から王妃教育されてきたエルヴィラ様と同じようにはいきませんよ」

「だが」

「いっそ、別の優秀な貴族の娘を連れてきて、新しい側妃にしてはどうです? その方が早いと思いますが」

「別の……側妃?」

「お望みなら、そちらを探しましょうか?」


アレキサンデルはすぐには何も言えなかった。







「あんた、また来てたのか」


トゥルク王国の王都の外れのノヴィの店に立っているユゼフに、隣の鍛冶職人の男が声をかけた。


「ああ、王都に用事があったから、ついでだ」


港のギルドの長であるユゼフは、ここに何回も足を運んだが、腕のいい職人であるというアドリアンには会えなかった。


「爺さん、戻ってこねぇな。あんたも仕事を頼みたいのに気の毒だな」

「ああ」


ノヴィの店は、ここのところずっと閉まったままだった。

ユゼフは言う。


「割りのいい仕事が入ったから少し留守にする、と爺さんが言ってたのは、聖女ナタリア様のお披露目の少し前だったんだよな?」


鍛冶職人の男はため息をついた。


「ああ。孫の結婚費用の足しになるからって喜んでたのにな。帰りに事故でもあったのかな。無事ならいいんだが」

「本当に」


ユゼフは、暗い目でノヴィの店を見た。


「無事でいてほしいな」

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